2011年6月22日水曜日

「世界の街角からMM」第107号 ベルリン・レポート07(最終回)2011年6月22日

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メールマガジン「世界の街角からMM」         第107号 2011年6月22日
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新政ドイツの首都ベルリン、既に統一して20年が過去ったが、2010年初秋にベル
リンを再訪する機会に恵まれた。ベルリン・レポート07(最終回)です。
▼目次
■新旧ベルリン
■ベルリンのベトナム人
■Twitterのご紹介その2
■■後記
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■新旧ベルリン
ベルリン・ティーゲル空港は、2012年10月に開港予定のベルリン・ブランデンブ
ルク国際空港の開港(東ベルリンに位置したシェーネフェルト国際空港を大幅に
拡張)後に閉鎖される予定なので、1年少々時間があるがこれが見納めかもしれ
ない。

西側の人にとってのベルリン(西ベルリン)の空港は、ティーゲル空港であり、
東側ではシェーネフェルト空港であった。その東西ベルリンを代表した空港も統
一20数年を経て新旧ベルリンが融合し、ひとつになろうとしている。

統一後、ドイツの首都がベルリンに復活し、旧国会議事堂が改装され新たに政府
庁舎が斬新なデザインで設計された。ここにも新旧ベルリンがみられる。

鉄道駅もベルリン中央駅が完成して、東西ベルリンにあったそれぞれのターミナ
ル駅が統合した。新たにベルリンを訪れる人は動物園駅や東駅を知らないまま中
央駅を利用することだろう。

住宅もそうだ、あのごつごつした無機質のアパート群は今も名残があるが多くは
ファサードサードまで改装している。歩いても気がつかないほどだ。

ベルリンはそういった近代の歴史において分断され統合した特異な歴史があり、
その新旧は今も変わらずベルリンに存在している。それがベルリンの魅力だ。

■ベルリンのベトナム人
共産主義時代、ベトナムの輸出産業として多くのベトナム人が共産主義国へ出稼
ぎに出ていたが、冷戦後、一挙に帰国したため本国で雇用問題が発生した。90年
代にベトナムで仕事をしたときに、東ドイツやソ連等に出稼ぎしていたベトナム
人ドライバーが多く、彼らは外国語としてドイツ語やロシア語を話した。

私の記憶の中では、90年代にワルシャワ駅前の食堂、ブルガス(ブルガリア)の
建設業者等でベトナム人を見かけた。帰国せずその国に留まったベトナム人だろ
う、東ドイツとて例外ではなく現在のベルリンにはベトナム系レストランを多く
見かけた。

スーパーマーケットの食品コーナーにある日本料理は概ねベトナム人が働いてい
た。彼らは新たに職を求めて現在のベトナムから出稼ぎに来ていると話していた。

出稼ぎは増えているようで、ヨーロッパへ不法就労を試みるベトナム人は後を絶
たない。数ヶ月前にユーロポールがモスクワとドイツを経由して英国へ行く予定
だったベトナム人を摘発したニュースが記憶に新しい。
http://www.viet-jo.com/news/social/110210100433.html

ベルリン在住の日本人フリーターが美味しい中華があるというので旧東ベルリン
地区の前回紹介した「スマートデリ」の近く、環状線の地図で言うところの3時
付近、で食事をすることにした。

駅から数分、近隣商業地区といった雰囲気でカフェやレストラン、そして若者が
多い。

彼が中華と称したレストランは、メニューを確認したらベトナム料理だった。こ
れ幸いとばかりに思いつくベトナム料理を注文してみた。フォーやブンチャーな
ど庶民的なメニューもあった。

ウエイトレスがベトナム人のようだったので質問してみたところ、本人はベルリ
ン生まれ育ちだが父親がハノイ近郊出身という。北ベトナム時代なのか、その後
なのか不明だが、東ドイツ時代の移民のようだ。以前、ヒューストンで会った南
ベトナムからの移民とは趣が異なる。

まあ、ベルリンで本格的なベトナム料理が食べられるとは、コスモポリタンなら
ではであろう。

■Twitterのご紹介その2
番外ですが、私のTwitterをご紹介します、確か一昨年末か昨年初めに登録して

のままだったのですが、最近、使うようになりました。スマホでは軽いのでメー
ルより使いやすい。アドレス、下記のとおりです。気になったこと、呟いていま
す。
Twitter: http://twitter.com/moskvichka55


▼Twitterとの連携
「世界の街角からMM」のウェブとTwitterを連携させた試行サイトです。内容は
これまでのメールマガジンとTwitter(moskvichka55)のツィート(日毎のまと
め)を収めたサイトです。

http://grechka.blog67.fc2.com/

■■後記
ベルリン・レポートは第7号でお仕舞いです。行ってからまとめるのにちょっと
時間がかかりました。

ベルリンの最大の収穫は、日本大使館です。朽ち果てた在ドイツ帝国大日本帝国
大使館が見事に復活していたことです。

しかし、在外公館建築はお役所仕事なので、新たに増築された領事部などはどこ
の在外公館でも大差ない味気ない印象でしたが、当時の古典様式の列柱を持つ正
面は見事ですね、中に入れないのが残念でしたが。

この大使館、日本の在外公館の中でも相当な規模ですよ。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第107号 2011年6月20日
発行責任者:飯尾彰敏 Copyright(c) Akitoshi Iio All Right Reserved.
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1 件のコメント:

  1. ◆ベルリンの補足:森鴎外記念館(ベルリン)
    鴎外が1884年から4年間、ドイツで医学の勉強をしていた時に約2カ月滞在した建物で、フンボルト大日本語学科の付属施設になっている。日本には東京と
    生まれ故郷の下記2箇所に記念館がある。東京の記念館は生誕150周年に因んで改装中で現在閉館している。

    森鴎外記念館(フンボルト大日本語学科付属)
    http://www2.hu-berlin.de/japanologie/?jp=Mori-Ogai-Gedenkstaette

    森鴎外記念会
    http://www.ougai.com/

    島根県津和野町 森鴎外記念館
    http://www.town.tsuwano.lg.jp/shisetsu/ougai.html

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