Wednesday, 12 October 2011

【世界の街角からMM】第117号 ヘルシンキ・タリン紀行(1) 2011年10月12日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第117号 2011年10月12日
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もう一年以上前になりますが、2010年7月下旬の週末、長年の思いが実りヘルシ
ンキとタリンを訪れることができた。備忘録的にヘルシンキ・タリン紀行01です。
▼目次
■ヘルシンキ+タリン紀行
■モスクワ経由ヘルシンキ行き
■シェレメツェボ空港のトランスファーデスク
■モスクワ一泊ご招待
■ビザなしの乗り遅れはホテルの部屋に缶詰め
■■後記
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■ヘルシンキ+タリン紀行
タリンはエストニアの首都、エストニアはバルト三国の一つ、フィンランドの首
都ヘルシンキの対岸に位置する。2009年の秋口にラトビアとリトアニアを訪れた
が、エストニアまでは足を伸ばせず持ち越しとしていた。

その翌年、週末を利用してヘルシンキとタリンへ行くことにした。実はかつて2
回ほどバルト三国旅行を計画したことがあった。最初は、1985年のソ連時代、ホ
テルが取れなく敢え無く旅程変更、2回目は、2000年9月、仕事が一段落したので
準備を進めつつ休暇申請する直前に研修へ参加せよとの指示があり、旅行自体を
中止せざるを得なかった。このときは会社の研修を見捨てるべきだったと後から
切実に感じたが後の祭りだった。

今回は、モスクワ経由のルートを取ったが早々に躓き、エレバンでアエロフロー
トのフライトが1時間半以上遅れ、ヘルシンキ行きフライトに乗れず、シェレメ
ツェボ空港一泊ご招待となった。

■モスクワ経由ヘルシンキ行き
実に25年ぶりのヘルシンキとなった、最近そんなことが多い、その間なぜゆえに
こんなに長く縁がなかったのだろうかと考えるのだが、仕事柄、他の国へ出張し
ていたからに違いない、まあ仕事を理由にしておくほうが説明が楽だ。

それはさておきチャンスはチャンス、ヘルシンキを再度しっかりとこの目で見極
めておきたかった。これまでヘルシンキには2度滞在している。1983年2月と1985
年7月だ。

既に25年が経過していようとは・・・、1985年に滞在したときはレニングラード
から鉄道でヘルシンキへと移動したが今回はモスクワ経由のアエロフロートだ。

■シェレメツェボ空港のトランスファーデスク
モスクワ一泊ご招待となった理由は、エレバンからのアエロフロートが1時間以
上も遅れたからだ。乗り継ぎ時間が2時間程度、手荷物だけだったのでぎりぎり
間に合うかにみえたが、シェレメツェボ2空港のトランスファーデスクに職員が
一人、乗り継ぎ便のヘルシンキ行きフライトの搭乗券がの発券が間に合わなかっ
た。

しかも、着陸後はボーディングブリッジによるターミナル直結ではなくタラップ、
そして、バスだ。このときはまだ少し望みを持っていたのでターミナルに着いて
からトランスファーデスクへ急いだ。

デスクを見てがっかりした。職員が一人しかいないのだ。確か、最大でも3人、
いつもはガラガラなので問題がないが、この時はキエフからの乗り継ぎ客である
韓国人のトランジット客が押し寄せてきて担当の女性はパニック状態となってし
まった。

キエフからのフライトも遅れていたようで乗り継ぎ便である大韓航空への搭乗券
発券や確認で韓国人の容赦のない要求に担当の女性はイライラ度が急上昇してい
た。

私が先に乗り継ぎ手続きをしているのだが、E-チケットを横に置いたまま手続き
が進まない。これで確実に乗れない時間となってしまった。乗れないならば、次
のフライトを予約しなくてなならないので、粘り強くカウンターに陣取る、韓国
人のトランジット客が過去るのを待って翌日のフライトの予約をしてもらった。

ビザの有無を聞かれ、もちろんYES、空港内のアエロフロート航空カウンターの
場所を説明された。ここでロシア査証が役に立った。入国審査窓口に並びあっと
いう間に手続き終了、アエロフロートのカウンターもテキパキと手続きが終わっ
た。

■モスクワ一泊ご招待
乗り継ぎカウンターで手続きをしていると私の他に日本人が一人いた。エレバン
から同じフライトだったらしい。彼は、ソウル行きの大韓航空に乗れなかったと
いう。

話を聞くと、韓国人の女性と結婚しソウル在住、石材会社に勤めており、アルメ
ニアまで買い付けした石材の検査のため出張してきたとのこと。ただ、ロシアビ
ザは持っていないのでどうなるのかと心配そうだった、それで、アエロフロート
が面倒をみてくれるので心配ない旨説明して、私は先に進んだ。

入国審査を済ませて、ロシア連邦に入国、アエロフロート航空の窓口まで行く。
うろうろしているとタクシーの勧誘が多い。窓口で、ホテルのバウチャーを受取
り、行き方を聞く。ホテルはNOVOTEL、ホテルバスで行くようだ。

バス乗り場でかなり待った。その間にまたタクシー運転手が誘いに来る、「300
ルーブルでどうだ」と。10ドル相当だがバスがあるのにその必要はなしと追い返
す。

このノヴォテル、AeroExpress駅の前にあったので、歩いても5分程度の距離だ。
荷物はキャリーオンだけなので待ち時間の間に着いていたかもしれない。

蒸し暑い夏の夜、シェレメツェボ空港脇にあるNOVOTEL一泊ご招待となった。

■ビザなしの乗り遅れはホテルの部屋に缶詰め
チェックインの時に夕食と朝食のバウチャーを受け取った。フライトの遅延なの
で当然の配慮なのだろう、ヘルシンキの友人に予定通りのフライトに搭乗できな
かったことを電話で伝え、アトリウムの奥にあるレストランで夕飯を食べること
にした。

メニューが決まっているのだろう、バウチャーを出すと何も言わないでも食事が
運ばれてきた。空港隣接ホテルは概ねこんなサービスだとテーブルで待っていた。
しばらくしたら、先ほどのソウル便に乗り遅れた日本人を含む一行がレストラン
に入ってきた。

じゃあ一緒に食事をしようと私のテーブルへ誘うと無線機を持った人が現れて駄
目だという。どうも入国管理官かセキュリティのようだ。ビザなしの一行とは壁
こそないがテーブルが分けられ監視されていた。

以前聞いたことがある「乗り遅れた場合のホテルでの滞在」について若干の時間
を利用して質問してみた。

「ドアの鍵はどちらからかけられているのか?」

彼曰く、「外から」だという。

つまり、外へ出られない監禁状態ということだ、しかも、ある階がビザなし乗り
遅れトランジット客用に確保されているとのこと。

食事の場合は案内があり、同じような乗り遅れ客がまとまって移動するようだ。

ビザのあるなしでは大きな違い、リスクヘッジは重要だと認識した場面だった。

■■後記
モスクワ経由でタリンへ行ってから約一年以上が経過してしまった。いつもなが
ら時間の経過が早すぎる。まだ賞味期限内であることを確信してご紹介すること
にした。

あの時のモスクワは本当に暑かった、夕方でも30度近くあり蒸していた。この年、
ロシアは猛暑、各地で泥炭が燃え森林火災が広がり、穀物の収穫にかなりの影響
が出そうだったことから、ロシア連邦は、穀物禁輸措置を取った。ロシアの小麦
を期待していたCIS諸国は、代替輸入先を探さねばならなかった。

そして、今後、このような状況に陥らないようにと、収穫量が増加する小麦品種
の種子を盛んに導入することを発表していた。この種子もロシアからの輸入なの
だ。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第117号 2011年10月12日
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