Thursday, 21 April 2011

【世界の街角からMM】第99号 ボルドーとパリ・レポート(2) 2011年4月20日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第99号 2011年4月20日
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エレバンから機会を捉えて大家が滞在していたボルドーまで足を伸ばしてみた。
ボルドーとパリ・レポート2/2です。なお、ベルリン・レポートはこの後継続し
ます。
▼目次
■ボルドーのマルシュでランチ
■ボルドーで日本を知る
■パリ・オペラ座のランセルでキャリーオンを更新
■パリで目立った中国人観光客
■■後記
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■マルシュでランチ
翌日、大家の娘の旦那であるローランドが旧市街の散策案内を買って出てくれた。
前日の夜も散策したのだが、まったく地図が頭に入っていないことと予備知識が
ないので記憶が不鮮明だ。それに、街路がパリと同様、幾何学的なのが厄介だ。

今日はマルシェでランチを食べることを目的に旧市街を散策した。マルシェへ行
く前にアラブ人街と蚤の市のようなマーケットが土日に開催されるという教会前
の広場を散策した。

アラブ人街は建物こそヨーロッパだが、看板はアラビア語、道行く人々もほとん
どがアラブ人、多分、北アフリカ系では思わる、ボルドーとは思えない、ちょっ
と異質な空間だがこれが現実なのだろう。食料品、衣料品、家具、アラブファー
ストフード等などのショップが並び生活感が溢れていた。

教会の前では生活道具などを持ち込んだ屋外市場が開かれていた。一言で言うと
リサイクル市場というかガラクタ市場のようだ。エレバンのVernissageとよく似
ている。ウィーンにも同じような市が立つが合理的な考え方だ。それが定期的と
いうのがよい。

どこの国でも市場はその国の台所事情を垣間見ることが出来、新参者にはたいへ
ん楽しい場所だ。通常の観光名所よりこういうったその土地の生活観がある場所
を私は好んで訪れる。

マルシュ、仏語で市場と書かれた大屋根が架けられたマルシェには、野菜や肉類、
魚介類、その他食料品が各ブースで売られている。フランスといえばチーズ、そ
の種類の多さは見ているだけで楽しめる。私の好みは、コンテとブルーチーズ、
試食しながら少し購入した。

マルシェの魚介類売り場の隣がカフェレストラン、食堂といったイメージだが、
になっていて魚介類が食べられるようになっている。料理は生や茹でたものが多
くそれほど調理に時間をかけていない。

既に私たちが着いた時間はほぼ満席、運よく少し待ってテーブルが空いた。注文
はローランドに任せ、生牡蠣と白ワインを注文した。大柄のウエイトレスが皿を
何枚も重ねて手際よくテーブルに配膳している様は豪快そのものだ。

目の前で親子と思われる辻ミュージシャンが準備をはじめた。アコーディオンと
打楽器が奏でる音楽はテンポが速くリズミカルだ。飛び入りで客の女性が踊り始
めた。この芸人はコーカサス、チェチェンあたりから来たのではないかとうのが
ローランドの弁、コーカサス地域の音楽はテンポが速く踊り向きだ。

1セッションが終わり子供がチップを集め始めた。素晴らしい音楽だったのでチッ
プを弾み、この機会に席を立った。白ワインでほろ酔い気分のまままた散策を続
けた。

▽カヌレ
ローランドと旧市街を散策中、彼がボルドー名物だというお菓子を買ってくれた。
それがカヌレだった。初めて食べたのだが、先日、祐天寺駅前で偶然入ったパン
屋に同じお菓子を見つけた。名前は忘れていたが、これはカヌレというらしい。
日本でも一時流行ったと聞いた。

後からわかったことだが、シェルイというケーキ屋(パティシエ)がカヌレを日
本に紹介したという、それはシェルイだったようだ。

代官山のシェルイ
http://chez-lui.com/

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■ボルドーで日本を知る
アパートに戻ってから話をしていたら大家の母親がソ連時代に日本へ行ったとき
に買ってきたというラジオを見せてくれた。彼女の母親はオペラ歌手で1958年と
1964年に公演で来日しており、そのときにかなり日本製品をお土産に持ち帰ったよ
うだ。

エレバンのアパートにも日本製の壺があるし、大家は日本製の編み機を所有して
いる。数ヶ月前に娘にも買いたいので日本で調べてくれないかと相談された。

さて、このラジオだが、非常に小さい(43 x 49 x 20 mm)、メーカーはStandard
Radio Japanと刻印されていた。聞いたことがないメーカーだが、スタンダードは
無線機ではあるのでもしやと思い調べてもらったら、その関係であった。スタ
ンダードダジオはその後、日本マランツとなり、八重洲無線とも関係がある。

小さなラジオは確かMicronic-Ruby SR-G430という型だったと思う。まさか、ボル
ドーで新たに日本のことを知るとは、出向いた甲斐があったというものだ。

Micronic-Ruby SR-G430
http://www.radiomuseum.org/r/standard_micronic_ruby_g430g_43.html

Standard Radio
http://www.radiomuseum.org/dsp_hersteller_detail.cfm?company_id=5454

■パリ・オペラ座のランセルでキャリーオンを更新
10年前に泊まったオペラ座とマドレーヌ寺院の間に位置する安ホテル(パリで
は)Hotel Montrealへ電話予約する。料金を確認すると100EUR、以前も同じくら
いだった記憶だ。ここは古めかしく、清潔なホテルで場所もよく気に入っていた。

ボルドーからモンパルナス駅に21時30分に着き、そこからタクシーでホテルまで
移動した。距離感がなかったが13EURと意外と近かった。

ホテルのロビーは当時から改装したようでレセプションの位置が変わっていたが、
蛇腹式エレベータのドアを含めてそれ以外はまったく同じでなんとなく安心した。
その後、夜のオペラ座界隈を散策しつつ、何か食べなければと思い、マクドナル
ドに世話になった。夜遅いときは利用させてもらう。

オペラ座界隈の夜
http://www.iio.org.uk/gallery/europe/paris_at_night3.htm

Hotel Montrealの部屋
http://accommo.iio.org.uk/hotel_paris_montereal.htm

ホテル前、早朝の通り
http://www.iio.org.uk/gallery/europe/paris.htm

翌朝、オペラ座の右にあるLANCELへ出向いた。使っているキャリーオンは既に
ローラーが2度壊れ、ファスナーと生地の縫い目が綻んでいる状態なので要買い替
え状態なのであった。そして、このキャリーオンはこの店で10年以上前に調達し
たので、この機会に同じ店で買い換えた。

LANCEL
http://www.lancel.com/#/en/the-lancel-collection/travel

既に同じモデルはなく、後続モデルがあったのでそれにしたが、値段が2倍近くに
なっていた。古いキャリーオンをそのままショップに持ち込み、中身を購入した
新しいキャリーオンに詰め替え、古いのを処分してもらった。

■パリで目立った中国人観光客
ランセルからの帰り道、ユニクロパリ店の前を通り、プランタンデパートに立ち
寄った。特に用があったわけではなく、以前よく歩いたこの界隈のコースになっ
ていたからだ。ギャラリ・ラファイエットの前にあった、M&Sはギャラリ・ラファ
イエットに変わり、プランタンの交差点反対側はPAULになっていた。

キャリーオンがあるのでちょこっと雰囲気をと思って入ったプランタン、エスカ
レータを降りた正面にアジア系観光客がたむろし、通りを塞いでいた。近づいて
もまったく意に介さず、通りますよと声をかけつつも、何を言われているのかわ
からない様子、会話から中国人観光客のようだ。この時だけではなくパリでは中
国人観光客をよく見かけた。

一昔前の日本人観光客と同じなのだろうか、当時からブランドショップに群がる
日本人の心理には理解できないものがあった。国内販売の価格差に一因あるよう
だが、それでも列をなして高級ブランドショップに並ぶ真理は理解できない。中
国でも一昔前の日本と同じように高級ブランドが持て囃され、猫も杓子も高級ブ
ランド志向が根強くなってきたのだろうか、それとも、高級ブランドの宣伝効果
なのか、何れにしろ私とは縁がない。

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■■後記
今回でボルドーとパリについては今回でお仕舞いです。ボルドーへは思い切って
出向いた甲斐があった、次回以降はベルリンの続きをレポートする予定です。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第99号 2011年4月20日
発行責任者:飯尾彰敏 Copyright(c) Akitoshi Iio All Right Reserved.
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Monday, 18 April 2011

4月11日に行なわれたワシントン大聖堂における「日本のための祈り」よりハイライト (日本語字幕付き)

Highlights from the April 11th National Cathedral 'A Prayer for Japan'

【世界の街角からMM】第98号 ボルドーとパリ・レポート(1) 2011年4月17日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第98号 2011年4月17日
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エレバンから機会を捉えて大家が滞在していたボルドーまで足を伸ばしてみた。
ボルドーとパリ・レポート1/2です。
なお、ベルリン・レポートはこの後継続します。
▼目次
■エレバンからボルドーへ
■パリ・シャルル・ド・ゴール空港からモンパルナス駅へ
■ボルドーの町と大家の娘の家族
■■後記
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■エレバンからボルドーへ
エレバンで借りているアパートの大家が私が出張したときにボルドーに嫁いでい
る娘の家にいた、以前からボルドーへの誘いもあり、パリでの所要もあったこと
から、この機会に思い切って二日ほどボルドーへ行くことにした。

航空券はウィーンまであるのでウィーン-パリ間を買い足した。オーストリア航
空のオンラインで購入したのだが220EURとかなりリーズナブルだった、ヨーロッ
パ内はこんなものなのだろうか。

オーストリア航空
http://www.austrian.com/?sc_lang=ja&cc=JP

ウィーン乗り継ぎが1時間しかなく、ややあせった、というのは航空券を買い足し
ているのでエレバンではウィーン-パリ間の搭乗券が発券できない、が荷物はパ
リまでチェックインしている。乗り継ぎ1時間という条件なのでエレバンの空港で
もう一度チケットを見直したら、オンライン・チェックインが出来ることに気が
付いた、よって早速試みた。しかし、エレバン空港のインターネットが非常に遅
く、なかなかページが進んでくれない、搭乗時間ぎりぎりまで粘って手続きを済
ませ、ファイルをダウンロードした。携帯電話へSMSで搭乗券を送るににチェック
しておいたので搭乗券を表示できるアドレスも届いた。

これで概ね問題ないだろうと、3時間余りのフライトで思いっきり寝た。エレバン
午前5時20分発、ウィーン6時5分着、パリ行きは7時発、全てオーストリア航空だ。

ウィーン空港到着後、ゲートがわかっていないので確認したら、到着ゲートの直
ぐ隣だったので幸いした。シェンジェン条約エリア内は非常に乗り継ぎが楽だ。
念のため、オーストリア航空のデスクで搭乗券を発行してもらった。なぜか、デ
スクの女性はオンラインでチェックインしていることになぜか驚いていた。

■パリ・シャルル・ド・ゴール空港からモンパルナス駅へ
1時間ほどでウィーンからパリのシャルル・ド・ゴール空港に着いた。荷物を引き
取りカートに載せて、フランス国鉄(SNCF)駅へ移動する。事前の調べでは空港
からボルドー行きTGVが出ているがやや時間のタイミングが悪い(運行頻度が低
い)ので、ボルドー行きTGV駅であるモンパルナス駅までバスで行くことにした。

シャルル・ド・ゴール空港
http://www.aeroportsdeparis.fr/ADP/en-GB/Passagers/home/

タイミングが合えば、シャルル・ド・ゴール空港から直接ボルドー行きに乗車し
ても移動時間はさほど変わらない。

念を入れて、ターミナル2Fと2Cの間にあるフランス国鉄の駅へ行き列車の時刻
を確認する。予想通り、シャルル・ド・ゴールからボルドー行きの適当な列車は
なかった。それでここで12時10分発のモンパルナス-ボルドー(St.Jean)のチケ
ットを購入した。1等と2等の差が10EUR程度だったので、眠かったせいもある
が、1等を購入した。77EUR(復路は2等で85.9EURとなぜか高かった)、TGVは全
席指定席だ。

SNCF
http://www.voyages-sncf.com/

さて、ここからモンパルナスへはエールフランスが運営しているバス、Les Cars
に乗らねばならないのでSNCF駅から案内に沿って2Cまでカート押しながら移動、
シャルル・ド・ゴール空港はかなりでかい。

Les Cars
http://www.aeroportsdeparis.fr/ADP/en-GB/Passagers/Access-maps-car-parks/
Paris-Orly/Access/public-transport/

モンパルナス駅行きは30分毎に運行しているがなかなかバスが来ない。かなり余
裕を持っていたので何とか間に合ったが、少しだけ冷や汗。バスは50分程度かか
り、リヨン駅を経由してモンパルナス駅横に到着した。

ホームまではエスカレーターを一つ上ればよかった。そして、現在時間と列車の
出発時間を確認した。5番線からの出発を確認し、ホームにいた係員にチケットを
見せて車輌を聞く、丁寧に教えてくれた。出発時間まで10分程度と迫っていたが
荷物だけ置いてボルビックの水を買って乗り込んだ。

1等はゆったりとした横3列の配置、4席のコンパートメントと窓側に2席が配置さ
れている。荷物置き場のスペースも十分だ。パソコン用の電源も用意されている。
ボルドーまで3時間17分、春の車窓を眺めながらうとうとした。

エレバンからは時間は短いが夜行便のようなフライトだったので顔も洗っていな
かった。TGVに乗車して少し落ち着いたので洗面所で髭をそり、顔を洗った。新幹
線のような洗面台は用意されておらず、トイレの中にあるのみ、この洗面台、手
を洗うことが出来るが顔を洗うようにデザインされていないので、手で水を汲み
ながら顔を洗おうとすると床に水がこぼれてしまう。わざわざそのようなことが
出来ないようにデザインされているとも考えられるが。

■ボルドーの町と大家の娘の家族
12時10分、パリ・モンパルナス駅発のTGVでボルドーへ向かう。所要3時間17分
路線距離約500km、15時27分にボルドーSt.Jean駅に到着した。ガロンヌ川を渡る
とボルドーSt.Jean駅だ。この駅が終点ではなく、TGVはまだ先へ行くようだ。

TGVがヨーロッパの駅によくある大屋根が架かっているホームにゆっくりと滑り込
むころ、ホームに目を向けると大家の娘Meriが既に迎えに来ているのが見えた。
帰りのスケジュールが不明のままなので(シャルル・ド・ゴールで入手したつも
りだったが下りだけだったので)、先ず、復路のTGV時刻表を入手し、駅前からト
ラムに乗り案内されるままに移動する。荷物があったのでタクシーに乗ることも
考えたが、ここはやはり公共交通に乗ってみたかった。

トラムはガロンヌ川沿いの停留所で降車、スーツケースを引きずって古い町並み
と石畳の路を数分歩いた。石畳なのでスーツケースを引きながらの移動は苦にな
ったが、町並みを眺めているうちにアパートに着いた。

アパートはどうもかなりの中心らしい、曲線の美しい階段を上がった2階にあり、
窓からは通りが見下ろせた。Meriの家族に紹介され、大家もそこにいた。アルメ
ニア人はもてなしが非常に温かい、クロワッサンとチーズの盛り合わせ、飲み物
を頂戴した。昨晩から移動が続いたのでほっとした、また、朝から機内食以外口
にしていなかったのそれらを頬張りながら、当然ながら東日本大震災のことを聞
かれので現状を説明した。

そして、日本から持ってきていたあられの詰め合わせとどら焼きを手土産にした。
みな興味津々、早速、封を切ろうするが、表の包みは容易に開けられたが、缶に
入っているあられは開けられないので手伝った。どら焼きの包みもビニル包みの
切り方がわからないようだった

Meriの家族は5人家族、高校教師の旦那と男の子三人だ。1年に1回程度、大家
がエレバンからボルドーに滞在している。ビザ取得が年々厳しくなり、提出する
書類が増えているという。

ボルドー市
http://www.bordeaux.fr/

ボルドーの地図
http://www.bordeaux-gironde.fr/

さて、ボルドーだがよく知られているようにワインの産地だ、そして響きの良い
町だ。しかし、ブドウ畑やワインの醸造蔵が存在するのはメドックやサンテミリ
オン村付近のようだ、ここから50キロだと説明された。五大シャトーの名くらい
挙げておかないと失礼だろうか、余り縁がないが。

ボルドーワイン
http://www.bordeaux.com/

* Cha^teau Lafite-Rothschild
* Cha^teau Margaux
* Cha^teau Latour
* Cha^teau Haut-Brion
* Cha^teau Mouton-Rothschild*

ボルドーの空気は春だった。地図でみるとパリから500キロ程度南下したことにな
る。何の予備知識もなくボルドーに来たが、中心の歴史的地区が世界遺産に指定
されたということぐらいは耳にしていた。

ボルドー観光局
http://www.bordeaux-tourisme.com/

▽公共交通システム-トラム
ボルドーSt.Jean駅前にトラム乗り場がある、新たに導入したような真新しいトラ
ムだ。調べてみたところ、トラムの歴史は新しく、2003年12月21日に最初の路線
が運営を開始した。現在、43.9キロに及ぶ、ネットワークは3路線、一日あたりの
乗降客数は16.5万人だ。トラムは第三軌道式(地上から電力を供給する)、
Alimentation par Sol (APS) 式で、運営は5年契約、Keolis Bordeauxが運営して
いる。

Ground-level power supply
http://en.wikipedia.org/wiki/Ground-level_power_supply

リンク:
ボルドーの公共交通(仏語)
http://www.infotbc.com/

Bordaeux Tramway- Wiki
http://en.wikipedia.org/wiki/Bordeaux_tramway

Bordeaux-Tram
http://www.trams-in-france.net/reload.htm?bordeaux.htm

Cyber Bordeaux
http://www.cyberbordeaux.com/english/transport/tram.php

ボルドーの写真
http://www.flickr.com/photos/yha229/sets/72157626417338058/show/


▽ヨーロッパで最も長いショッピングストリートの一つ
トラムの停留所からMeriのアパートまで行く途中にも少し歩いた、そして、ア
パートから数十メートルの距離にあるのが、ヨーロッパで最も長いショッピング
ストリートの一つとされる、Rue Sainte-Catherine、聖カトリーヌ通りと訳すの
だろう、ビクトリア広場から劇場広場まで(実際場所がよくわかっていない)の
本当に一直線だ。エレバンを発つ前にwikiで調べていたので存在は知っていたが
こんなに近くにとは驚いたね。

雑談の後、夕食までの間に一人で歩いてみた。確かに長い、とにかく長い、ヨー
ロッパやパリにあるショップはほとんどあり、ギャラリ・ラファイエットもあっ
た。ここでほとんど用が足りてしまうのだろう、特に土曜日であり暖かい日だっ
たのでかなり混雑していた。日曜日はショップも閉まるので閑散とするらしい。

▽ボルドーの世界遺産
住んでいる地区も世界遺産の歴史地区なのかはっきりししないが古い町の印象だ。
はっきりとオスマンとは異なる建築デザインだ。ボルドーの世界遺産は以下のと
おり。

世界遺産:
3ヶ所がフランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路のモニュメントと
して1998年に世界遺産に登録されている。
* サン・タンドレ大聖堂
* サン・スラン大寺院
* サン・ミッシェル大寺院

それから歴史地区が「月の港ボルドー」の名で、2007年に世界遺産に登録された。
かつて港町として栄えたボルドーの歴史地区を対象としている。「月の港」は、
ボルドー市内で三日月形に湾曲しているガロンヌ川沿いに発達したことに因むボ
ルドーの通称である。

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■■後記
ボルドーはフランス、何でもかんでもフランス語だ。これはパリからだが。買い
物程度は英語も通じる。もう何年も沙汰するとまた同じことを考えてしまう。こ
こはフランスなのだと言い聞かせた。

ボルドーへ来たのは何かの縁、されとて時間が非常に限定的、もう少し町を見て
回りたかったが土曜日の午後着いて日曜日の夜に発つというスケジュールになっ
た。それでも、Meriの旦那であるローランドがボルドーの町をよく案内してくれ
た。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第98号 2011年4月17日
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Tuesday, 12 April 2011

【世界の街角からMM】第97号エレバン・レポート28 2011年4月11日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第97号 2011年4月11日
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日本からエレバン・レポート28です。第95号で地震後、ウィーン経由(予約は、
実際は往復ともANAのフランクフルト経由)でアルメニアへ出張したことはレポー
トしたが、エレバンの変化を少しご紹介します。
▼目次
■ナウルーズのエレバン
■エレバンに日本料理屋2軒目オープン
■ビザ申請用紙が変更されていた
■アルメニア政府、東日本大震災に対して50万ドル拠出
■■後記
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■ナウルーズのエレバン
私がエレバンに着いた時は丁度、ナウルーズ(ペルシャの春)でイラン人とイラ
ンナンバーの車がが街にあふれていた。昨年もこの時期エレバンに滞在していた
のでそのときの様子を思い出した。

到着当日にいつもの静かなカフェでランチと思ったらテーブルがほとんど埋まっ
ていた。どうしたことか、ほとんどがイラン人観光客だった。このカフェ、サー
ビス料が高く安くはない。

それ故に普段は閑散としているカフェだがこのときばかりは大忙しだ。この閑散
としたカフェが話をするには丁度よく、かつ軽食は質が高いので時々足を運んで
いたのだ。

イラン人はアルメニアにとっては大事な観光客、それでも今年は少な目というが
視覚的にはかなり多い。このカフェの目の前にペルシャ料理のレストランがある
が、イラン人観光客が並んでいた。こんな光景はこのときしか見られない。

■エレバンに日本料理屋2軒目オープン
エレバンに2軒目の日本料理屋が昨年の12月にオープンした。今回、初入店と
なった。日本料理屋というより日本料理を主体としたカフェ・レストランといっ
た印象だ。もちろんピザなども出す。

店の名前は、WASABI、共和国広場からアボビアン通りを数分、北通りとの交差す
る手前に右側にある元TsUMの一階。マルコポーロの並び。

料理人はフィリピン人。カツ丼1500AMD也、けっこういける。サーモン系もま
あまあだ。この地にあっては貴重な和食屋だ。

それにしても在留邦人が4名、短期滞在者が数名のエレバンで日本料理屋2軒、
凄いことだ。

■ビザ申請用紙が変更されていた
3月下旬にエレバンから入国したとき、2010年12月に事前に入手しておいたビザ申
請用紙で申請したら窓口で新しい用紙に書き直せと言われた。

なんだ、変更していたのか、2010年中にA4サイズからA5サイズ(多分)へ変更さ
れたが、再度A4サイズに戻ったようだ。オーストリア航空の機内では以前のA5サ
イズが配布されていた。

記載内容の変更はなかったと思う、写真はこれまで同様、必要なし。21日間シン
グルで3000AMDでした。

■アルメニア政府、東日本大震災に対して50万ドル拠出
アルメニア政府は、4月7日、内閣で東日本大震災へ50万ドル拠出を決めた。日本
政府及び被災者に代わってアルメニア政府の支援に感謝とお礼を申し上げます。
http://www.lragir.am/engsrc/country21272.html

■■後記
今日、10日、投票所となっている近くの小学校まで投票に行ってきた。知事と市
議会議員と県議会議員の投票だったが、正直なところ誰一人として名前を知らな
かった。

市議会議員、県議会議員、知事の順の投票となり誰も知らないので政党名から適
当に名前を書いたが、知事の投票になって候補者を確認したら立候補者4名全てが
無所属とある。

これは困ったと思い、選挙管理委員に相談したら選挙公報を持ってきてくれた。
明らかな自民党、民主党推薦はなく、みんなの党と共産党の推薦、元ジャーナリ
スト、名前しか公表していない立候補者であった。公表しないのになぜ立候補し
たのかその理由がよくわからない。

選挙公報のトップには元ジャーナリスト、自民、民主、公明の県組織が事実上相
乗りした元フジテレビキャスターらしい。

私の住所がある神奈川県は政令指定都市が3都市もあり、その上に県がある。何か
複雑な階層を作り出しているような気がしてならない、もっとすっきりさせたほ
うが地方行政がやり易いのではと思うのは素人ゆえだろうか。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第97号 2011年4月11日
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Sunday, 3 April 2011

【世界の街角からMM】第96号 ベルリン・レポート01 2011年4月3日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第96号 2011年4月3日
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新制ドイのツ首都ベルリン、既に統一して20年以上も経過してしまったが2010年
初秋にベルリンを訪れる機会に恵まれた。ベルリン・レポート01です。
▼目次
■25年ぶりのベルリンへ
■ティーゲル空港から市内へ
■ウンター・デン・リンデンで下車
■The Grand Hotel Berlin
■フリードリッヒ・シュトラッセ(Freidrichstrasse)と高級ブティック
■フリードリッヒ・シュトラッセ駅(Freidrichstrasse bf)
■■後記
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■25年ぶりのベルリンへ
1985年8月7日、Hanover発(10:15)、West Berlin Zoo着(13:45)、鉄道料金39D
M(2等片道)と当時のメモにある。東西冷戦時代、東西ベルリンを見てみようと
西ドイツのハノーファーから陸の孤島である西ベルリンを目指したのだ。

1985年の西ベルリン
http://www.iio.org.uk/gallery/europe/west_berlin.html

1985年の東ベルリン(wikiにも紹介されている)
http://1985.iio.org.uk/east_germany/east_berlin.htm

1989年11月にベルリンの壁が崩壊、東西ドイツが統合したが、その後、ベルリン
を訪れる機会がなかったが、決して忘れていたわけではない、今回、9月の連休を
利用してアルメニアからウィーン経由でベルリンへ向かった。

フライト経路はエレバン-ウィーン-ベルリン・ティーゲル、当時は鉄道で西ベ
ルリンへ入ったので空路では初めてとなる。ウィーンから小一時間、ベルリンの
北西部に位置するティーゲル空港への着陸前、フライトルートがベルリン北側か
らアプローチしたので左窓側に座っていた私の席からベルリン市街が一望できた。

▼無料レポート情報
『時間のない、あなたのために・・・書籍「大富豪になる人のお金の使い方」(佐
藤富雄著)要約版』
お忙しいサラリーマン、OLの方のために、「大富豪になる人のお金の使い方」(佐
藤富雄著)こちらの書籍の中から、とくに重要な部分をピックアップしてお届けし
ます。
http://www.muryoj.com/get.php?R=4392&M=100004019

■ベルリン・ティーゲル空港からホテルへ
Flughafen Berlin-Tegel(ベルリン・ティーゲル空港)は、西ベルリン時代に建
設された空港である。1948年のベルリン封鎖時、わずか49日で滑走路が建設され、
西側諸国からの援助物資がベルリン・ティーゲル空港を通じ陸の孤島へ空輸され
た。当時ヨーロッパ最長の2400mの滑走路が建設され、約2年間に27万回の物資空
輸が行われた。このベルリン・ティーゲル空港は東西冷戦時代には、西ドイツか
らのフライトはなく、米国、英国、フランスの3国の国際便に制限されていた。

エレバンからのフライトがやや遅れ、ウィーンでの乗り継ぎ時間が短かくなり、
荷物が届かなかったのでクレーム処理のためルフトハンザ航空のカウンターで手
続きをした。ホテルまで運んでくれるとのこと、そして、ホテル行きの交通を聞
いた、「TXL」中央駅経由アレキサンダー広場行きバスに乗ればホテル近くで降ろ
してくれるわよ、ホテルはフリードリッヒ通りね。20数年ぶりのベルリンだと説
明すると市内は工事中が多く当時とはまったく変わっているから驚くわよ、と東
ベルリン出身の女性職員が説明してくれた。

バスチケット売り場が見つからないので、もっとよく探せばよかったのだが、バ
ス停の前にあった自動販売機で2.3EURのチケットを購入した。直射日光が当たっ
て文字がほとんど読めなく隣の人に聞きながらとなった。最初、一日券をクレジ
ットカードで買おうと思ったが、上手くいかず片道のみとした。後からわかった
が、その少し先に窓口があったのだ。

ベルリン・ティーゲル空港は、2012年10月に開港予定のベルリン・ブランデンブ
ルク国際空港の開港(東ベルリンに位置したシェーネフェルト国際空港を大幅に
拡張)後は閉鎖される予定だ。

白地に黄色の帯のベルリン交通局二連結バスは、Hauftbhanhof(中央駅)を経由し
Unter den Linden方面へ走り出した。快適なバスだ。そして手荷物だけなので移
動が非常に楽だ。川沿いを走り、SバーンやUバーンの駅を経由しながら市内中心
へ向かって走る。

途中、ベルリン中央駅(ワールドカップ・ドイツ大会にあわせて2006年5月オープ
ン)に停車、ガラス張りの新駅舎は他のベルリンの新しい建物同様、ピカピカだ
った。しばらくすると国会や他の政府庁舎が見えてきてその脇を抜けたらUnter
den Lindenに出た。

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■Unter den Lindenで下車
バスの運転手に「Unter den Lindenのフリードリッヒ通り」で降ろしてくれと頼
んでおいた。20数年ぶりのUnter den Linden、日本語に訳すと「菩提樹の木の
下」となる、ドイツ帝国ベルリンの目抜き通りだった。

バスの後方に東西ベルリンの境界だったブランデンブルグ門が見えた。通り沿い
の建物は古い建物は小奇麗に、その間に近代的な建物も混ざっていた。バスの窓
からアエロフロートの大きな看板が見えた、このあたりに旧ソ連大使館があった
と記憶している。

バスの運転手がここがフリードリッヒ通りだというのでそのバス停で降りた。記
憶ではこのあたりを歩いたはず、地図を見ながら現在地を確認した。9月中旬の
清々しい秋晴れの下、中央分離帯にでて周りを見渡した。まったく記憶とは異な
るが確かにここはフリードリッヒ通りとUnter den Lindenの交差点だ。視野を最
大限に広げるとホテルのサインが目に入った、バス停の目の前だがホテルの入り
口はフリードリッヒ通りの1ブロック旧西ベルリン方向、その建物の反対側との説
明があった。

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■The Grand Hotel Berlin
The Grand Hotel, このホテルを選んだのは日本の建設会社(鹿島建設)が冷戦
末期に建設したからだ。

東ドイツ時代の1987年に鹿島建設の子会社であるカジマ・ヨーロッパがターン
キー契約で建設したホテルだ。鹿島はグランドホテルに先立ち、ライピチヒの ホ
テルメルクア、 ドレスデンのホテルベルビューの建設も請け負っている。(請負
形態は情報がないので不明だが)
http://www.kajima.co.jp/tech/hotel/ex/ex2_10/index.html

グランドホテルが竣工したのは私が東ベルリンを訪れた2年後、一度は泊まってみ
たいと考えていた。あれから20年も経ってしまったが2010年9月にベルリンへ行く
目処が立った時点で早速このホテルを予約した。東ドイツ時代のThe Grand Hotel
は、現在は、The Westin Grand Belrinとなっている。(2010年9月)

Friedrichstrasse 158-164 Berlin, 10117 Germany
Phone: +49-30-20270
http://www.westingrandberlin.com/en/

このクラスのホテルにしては比較的リーズナブルな料金体系となっていた。窓か
らはロシア大使館の旗が良く見えた、ということはUnter den Lindenの方向だっ
たのだろう。

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■フリードリッヒ・シュトラッセ(Freidrichstrasse)と高級ブティック
ウンター・デン・リンデンと交差するフリードリッヒ・シュトラッセは東西ベル
リンの国境ポイントだったチェックポイント・チャーリーの延長線上の通り、冷
戦時代からは想像できないほど現在は高級ブティックが軒を連ね、その一角にフ
ランスのデパート、ギャラリ・ラファイエットもある。下記の写真が当時のフ
リードリッヒ・シュトラッセとUnter den Lindenの交差点付近であろう、東ドイ
ツ製の2サイクルエンジンを搭載した小型乗用車は走っていた。
http://1985.iio.org.uk/east_germany/east-berlin05m.jpg

最近はどこの国でもそれほど特徴があるショップの種類は少なく、国際ブランド
のショップによる構成が多いが致し方ないのだろう、それでもドイツブランド健
在だ。ギャラリ・ラファイエットの前に私のお気に入りデザイン系ブックショッ
プであるTASCHENがあった。
http://www.taschen.com/

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■フリードリッヒ・シュトラッセ駅(Freidrichstrasse bf)
東西ベルリン時代の鉄道での玄関口は、西ベルリンでは動物園駅(Berlin Zoolog
ischer Garten)、東ベルリンでは東駅(Berlin Ostbahnhof)であり、東ベルリ
ンの国境駅がフリードリッヒ・シュトラッセ駅だった。東ベルリンから出国した
とき、この国境ポイントのDDRスタンプがパスポートに押された。

名前こそ何度も聞き、脳裏に焼きついているが、当時、この駅は出国するときに
通過しただけであった。現在は、環状線の乗り換え駅であり、長距離列車が発着
する中央駅へアクセス駅でもあり、乗降客は非常に多い。

構内には日本の駅のようにドイツ国鉄の窓口、ベルリン公共交通の窓口、スー
パーマーケット、本屋、薬局、ファーストフードなど鉄道関係とのショップがテ
ナントとして入居しており、この駅へ行けば概ね必要なことが済まされる。時間
が遅くともマクドナルドは深夜までオープンしており、開いているというだけで
心強い。

■■後記
しばらく時間が経過していますが、ベルリン旅行記、メモを残しておこうと考え
ています。写真のリンクまだ整理が付いていないので、ベルリン・レポートの最
後までにはなんとかアップロードしたい。

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メールマガジン「世界の街角からMM」第96号 2011年4月3日
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【世界の街角からMM】号外 義援金の振込方法 2011年4月3日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        号外2011年4月3日
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皆様

まだ福島第一原発が予断を許さぬ状況が続いています。
一日も早く安定した状態に収まり、辟易とする海外での風評を吹き飛ばすべく
日本の信用回復へ向けて事が進むことを心より祈るばかりです。

また、地震津波の被災者の方、一日でも早く復旧し、その後の復興へ着手できる
よう十分な支援が行き届きますよう祈っております。

さて、そのための義援金ですがどのように出したらよいのか、街角での募金はど
のように使われるのか不安に思われる方、下記ゆうちょ銀行の口座であれば信用
できますのでここにご紹介させていただきます。

ここには今回の大震災に関して二つ口座があります。
義援金口座案内(ゆうちょ銀行)
http://www.jp-bank.japanpost.jp/news/saigai/news_gienkin.html

一つは日本赤十字社、
http://www.jrc.or.jp/

もう一つは中央共同募金会東北関東大震災義援金、要するに赤い羽根募金です
http://www.akaihane.or.jp/topics/detail/id/60/

何れも被災者へ直接現金で配分される予定です。今回の大震災は広範囲にわたっ
ており、義援金の配分委員会がまだ具体的に設立されていない自治体もあります
が、順次進められると思われます。

少しでも被災された方々への一助になればと思います。

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