2011年6月10日金曜日

【世界の街角からMM】第104号 ベルリン・レポート(5) 2011年6月9日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第105号 2011年6月9日
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新政ドイツの首都ベルリン、既に統一して20年も経過してしまったが2010年初秋
にベルリンを再訪する機会に恵まれた。ベルリン・レポート05です。
▼目次
■Twitterのご紹介
■ベルリンのクラブ
■ドイツでは売春は合法
■東ドイツ製小型乗用車-トラバント
■■後記
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■Twitterのご紹介
番外ですが、私のTwitterをご紹介します、確か一昨年末か昨年初めに登録してそ
のままだったのですが、最近、使うようになりました。スマホでは軽いのでメー
ルより使いやすい。アドレス、下記のとおりです。気になったこと、呟いていま
す。
Twitter: http://twitter.com/moskvichka55

■ベルリンのクラブ
ベルリンはクラブのメッカらしい。「スマートデリ」で話をした日本人、仮にM君
としておこう、とドイツ人がクラブへ行く予定だというので便乗することにした。
クラブはまだ決まっておらず、時間は、11時から午前零時ごろだという。ホテル
に一旦戻って連絡を待つことにした。

ベルリン到着したその日の夜だったので寝不足だった。エレバンからウィーンの
フライトは5時20分なので朝3時過ぎに空港へ向かったのだ。満腹感も手伝い眠い
はずだ。

ホテルに戻ってベッドでうとうとしてしまいM君からの電話に気づかず、午前1時
ごろに電話をかけなおしたら、あるクラブにいるという。住所を聞いてホテルか
らクラブへタクシーで駆けつけた。

ベルリンのクラブは、旧東ベルリン側の未利用建物を利用して運営されているこ
とが多いとのこと。まったく情報がなかったので彼には感謝、場所はフリードリ
ッヒ・シュトラッセのホテルからタクシーで15分くらい走った静かな住宅街にあ
った。

タクシーは教えられた通り名と番地を告げたらクラブの目の前で下ろしてくれた。
当たり前だがストレスがなくてよい。人が溢れていたので直ぐに気がついて電話
をするとM君が迎えに出てくれた。アドミッションをいくら払ったか記憶にないが
高くない印象が残っている。クラブの名前はDamen-club、テクノミュージック主
体だった。

バーでドリンクを買って適当に飲みながら過ごす、ほとんどが10-20代だろう、か
なり賑わっていた。地下のフロアで生バンドが演奏され、上の階に音楽が漏れて
きていた。

地下のフロアは盛り上がっていた。DJとバンドの目の前まで通り抜けることさえ
困難なほどだった。M君によると大当たりだという。年も考えず若者と一緒に盛り
上がった。

その後、ビールを飲みながらM君と話をする。彼はいわゆる自由人のような、しか
し、財政的バックアップは親から期限限定であるという羨ましい境遇でベルリン
に滞在していた。クラブ音楽やDJに興味があるようなのでそんな環境でないと前
に進められないのだろうか。

午前4時過ぎに退散することにしたが、クラブは夜が明けるまで続きそうだった。
M君どうもありがとう。

ベルリンのクラブシーン
http://public-image.org/column/2011/01/19/wcr11.html

■ドイツでは売春は合法
ホテルでフリードリッヒ・シュトラッセ側に席を取り、窓の外を眺めながら朝食
を食べていたときにArtemisというアドを全面に塗装したバスが通りを走っていた。

Artemisはギリシア神話に登場する狩猟・純潔の女神であり、トルコのエフェソス
遺跡で発掘された女神像の名でもある。

エフェソスは。現在のトルコ・イズミール近郊にある古代ギリシャの都市遺跡、
アルテミス女神崇拝の一大中心地であった。この地にあったアルテミス神殿はそ
の壮麗さで古代においては著名であったという。

記憶に残っているのはエフェソスの女神像だ。この像は胸部に多数の乳房に見え
る卵形の装飾を付けた外衣をまとっており、あたかも「多数の乳房を持つ」よう
に見え、「多数の乳房を持つ豊穣の女神」として紹介されている。
http://www.ephesus.us/

さて、気になったのでベルリンのArtemisネットで調べたところ、いわゆるサウナ
サロンであった。この施設はドイツ全国にも存在する。

ドイツでは2002年に売春が合法化された。売春合意年齢は21歳、現在、ベルリン
だけでも700もの売春宿があり、売春婦の数はドイツ全土で40万人といわれる(wi
ki)。ちょっと過大な数値ではと思う。合法化したことにより、アングラマネー
を正規に税として徴収することが出来るようになり税収増加が見込まれた。

同じドイツ語圏であるオーストリアではどうか?

売春は合法である。路上や店舗で活動するためには営業免許証が必要であり、海
外からの移住性労働者のための滞在ビザ、つまり売春ビザもある。売春ビザで働
いている場合、売春以外の職種(ダンスショーなど)に従事することも裁判で認
められている。(wiki)

しかしそんなビザを取得するかね?やっぱりアングラだろうね。ドイツやオース
トリアではどの程度売春管理しているか、もう少し知りたいところだ。

■東ドイツ製小型乗用車-トラバント
ダンボールのボディと揶揄された東ドイツ製の小型乗用車トラバント(Trabant)、
愛称トラビ(Trabi)は、全長3.5 m, 車幅1.5 m、定員は4名、エンジンは直列2気
筒2ストロークの空冷エンジン横置き配置で、前輪駆動方式のコンパクトな自動車
である。
http://1985.iio.org.uk/east_germany/trabant601.jpg

走り方がプン、プン、プーンとツーサイクルエンジン音を発し、青い煙を吐きな
がらながら小さな車体が不具合な広い通りを走っていた。現在はベルリン観光ツ
アーに利用されているので今もよく見かける。

ウンター・デン・リンデンを走るトラビ(1985年8月)
http://1985.iio.org.uk/east_germany/east-berlin05m.jpg

http://1985.iio.org.uk/east_germany/east-berlin02m.jpg

トラバントは第二次世界大戦前に自動車メーカーであったアウトウニオンの旧工
場のうち、高級車ホルヒの生産拠点であり、戦後、東ドイツ地域に含まれたツヴ
ィッカウ工場がその前身となったVEBザクセンリンク社(国営企業)が生産してい
た小型乗用車である。

旧東ドイツは、ドイツ帝国を分割したため、東ドイツ側に位置していた産業を前
身とする産業がそのまま継続したケースが多い。カール・ツァイス・イエナは世
界市場でも競争力のあるその代表的な例だ。

トラバントは旧ソ連圏にも輸出され、90年代にソフィアに滞在していたときのあ
る雪の日、雪の積もったトラビを見かけた。
http://bg.iio.org.uk/sofia51m.jpg

今だから言える、なんとも愛嬌のある車なのだろう、東ベルリンのマスコットの
ような存在だ。

トラバント博物館
http://www.trabant-museum.eu/

■■後記
沖縄が梅雨明けとのニュースを聞いたがかなり早いですね、今夏はどうなるのか
気になるところです。

ベルリンはまだまだ挿入部なので、深部まで見てみたくなる魅力を持っている都
市であることは経験上間違いないと思う。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第105号 2011年6月9日
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