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2021年9月12日日曜日

【世界街角通信MM】第338号 東京にて(昭武一行のパリ、代々木選手村)-2021年9月11日

★☆☆メールマガジン「世界街角通信MM」第338 2021911★★★
 
皆さま、こんにちは、世界街角通信MMです。
コロナ感染拡大状況下、東京にて気になったことなど備忘録的に書いています。
 
▼目次
■徳川昭武一行が宿泊したパリのホテル
■回想ー代々木の青少年総合センターで行われていた中国残留孤児の訪日調査
 
■■編集後記
 
★本文★
 
■徳川昭武一行が宿泊したパリのホテル
 
「晴天を衝け」で徳川昭武一行が宿泊したパリのホテルはのは1862年に開業した
グランドホテル・ドゥ・パリス、ナポレオン3世の命を受けてエレベーターやバ
スルーム付きの豪華仕様に、バリ万博1867での賓客向けであった。このホテルは
現在のル・グランインターコンチネンタルホテル、ホテルとして現存している。
 
「晴天を衝け」徳川昭武一行、渋沢栄一が宿泊したパリ「グランドホテル」は現
在の「ル・グラン」Le Grand InterContinental Paris
https://locatv.com/seiten-grandhotel/
 
Le Grand 1862
https://www.historichotelsthenandnow.com/grandparis.html
 
ドラマの中ではカプシーヌ通りBoulevard des Capucinesのグランドホテルとの
説明だったし映像がル・グランだったので気になり検索してみたらそうだった。
 
Le Grand InterContinental Paris at Boulevard des Capucines
https://www.ihg.com/intercontinental/hotels/jp/ja/paris/parhb/hoteldetai
l
 
クロード・モネが1873年から74年にかけてこのキャプシーヌ大通り35番地のナ
ダールの写真スタジオから観察した「Le Boulevard des Capucines」に描いてい
る。
 
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/680098
 
■回想ー代々木の青少年総合センターで行われていた中国残留孤児の訪日調査
 
 中国残留孤児、この言葉を聞いたのは1980年代初めだったと思う。満洲や朝鮮
半島にいた日本人の生活が日本の敗戦で状況が激変、様々な理由で現地に残され
てしまった。ソ連軍が迫る中で民間人が逃げ惑ったこの厳しい想像を絶する状況
を認識し始めたのもこの言葉がきっかけだった。それまでは教科書とニュースの
表面的な字面だけの情報しか持ち合わせていなかった、お恥ずかしいことだが。
 
19862月、東京オリンピックで選手村として使われた代々木公園の中にあった
国立オリンピック記念青少年総合センターで厚生省により中国残留孤児の訪日面
談が行われていた。なぜ知っているかと言えば、そこにいたからである。訪日調
査は門に近い建物の1階で行われていたが、私は同じ建物の2階で行われたある採
用試験に行ったからで、この予定は全く承知してなった。
 
夕方だったと思うが、面接を終わって出てくると小雪が舞い散るなか、TVレポー
ターが実況中継をしていた。残留孤児の訪日調査は1981年から行われている、私
が遭遇したのは1986年、昭和612-3月に行われた第10次で130人が来日した。そ
の初日だったのかもしれない。第10次で34人の身元が判明した、既に26%とかな
り判明率が落ちているが最初の5年ほどは50%以上の判明率で初期のが高い。こ
の記事の方が身元が判明しなかったが永住帰国は果たせたようで何よりです。
 
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210625/k10013096091000.html
 
訪日調査の実施状況及び身元判明率の推移(平成18831日現在)
 
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/09/h0929-5f.html
 
★本文ここまで★
 
▼前号目次
■宝暦の治水工事と千本松原(油島千本松仕切提)
■■編集後記
 
Facebookのグループで下記の2グループを運営しています。
CA+C 中央アジア・コーカサス地域研究会(グループ)
http://www.facebook.com/groups/298398100231283/
 
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■■後記
 
コロナ感染、ピークアウト傾向で何より、ニュースが自民党総裁選一辺倒なのは
ちと気にはなる。
 
ニュースというのは一瞬なので頭出しより前のレベル、民放の少人数で時間をか
ける番組ではそれなりに深い、というのを最近認識した。
 
このメールマガジンをはじめたのは備忘録的にという主旨、その時々の情報や印
象を記録しておこうと20092月初頭からのウズベキスタン出張を機に始めて創
刊は214日でした。
 
また、https://note.com/klubnikaにもトピックごとに掲載していく予定です
 
★☆☆メールマガジン「世界街角通信MM」第338 2021911
発行責任者:飯尾彰敏
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twitter:https://twitter.com/iioakitoshi
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2012年2月22日水曜日

【世界の街角からMM】第134号パリのこと等(2) 2012年2月22日


★☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
メールマガジン「世界の街角からMM」       第134 2012222
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かばん屋ランセルでPCキャリーバック、ギャラリ・ラファイエットのグルメ館で
コンテ、パリ・ユニクロでダウンジャケットを調達、パリのこと等。

▼目次
■ユニクロ・パリ店で冬物調達
LANCELとのお付き合い
■ギャラリ・ラファイエットのグルメ館でコンテを調達
■レオンでムール貝を食す
■初、栗のスープ
■■後記
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■ユニクロ・パリ店で冬物調達
ウインドブレーカーしか所持しておらず、暖かいと感じたパリであったが、その
下に重ね着できるセーターか、冬物コートを調達せねばと考えていた。安易に思
い浮かんだのが、パリにもショップを出しているユニクロ、ウェブを調べてみた
ら場所は、オペラ座の後ろ、ギャラリ・ラファイエットの目の前だった。ホテル
から直ぐではないか。

入口を入ると目の間に前にセール品がたくさん並べられていた、その中にダウン
ジャケットもあった。試着してみたらLサイズが丁度良い、値段も99ユーロとパ
リでは手頃(定価129.9ユーロから20%以上安い値札が付いていた)だった。時間
がないのでそれほど拘ることもせず、このダウンジャケットが一枚あればと購入
することにした。

店内はかなりの客数、並列処理するレジでも長蛇が出来ていた、が、その進み具
合が比較的早く、一旦は購入を止めようかと思ったが並んだ。

購入したダウンジャケット、日本では同じ製品が7990円で売られてると帰国して
から言われた。少しダウンの量が少ないが一時しのぎのために購入したのでその
目的は十分果たしていた。

それでもユニクロの価格帯はヨーロッパでは売れる価格帯だろう、コストパフ
ォーマンスが高く、デザイン性のある衣類はこの価格帯では難しいからだ。

■かばん屋LANCELとのお付き合い

LANCEL本店で鞄類を買い始めたのは東ヨーロッパや中東諸国へ出張する際にパリ
を経由するようになってからであろう。私の場合は業務出張用が主であるが。

オペラハウスの隣に建つLe Grand Hotelに泊った時、オペラハウスの前に店を出
しているLANCELの前を通りかかり、ショーウインドウを見ていたら良さそうなの
で店に入って実物をみてみた。

旅行用カバンは地階、ここで各種デザインを見せてもらい、ビジネス用としてキ
ャリーオンとPC用キャリーバックのセットやで購入したり、それ以前にカジュア
ルな布製のバック、非常にシンプルで機能的なので何種類か購入している。色は
赤、青、緑、ビジネス用は黒を選択した。

お付き合いの最初の頃は通貨がフランス・フランであったことは言うまでもない。
昨年、10年以上使ったキャリーオンのファスナーの縫い目がほころんだことと、
これまでに2度車輪を修理しているが再度剥離したことから、パリを経由する機
会を捉えて更新した。

本来なら革製品がLALNCELの売りなのだろうが、財布を除いて旅行用の布製がほ
とんどなので、製品をよく見極めて皮製を時間は調達しようと考えている。

残るはPCバックだが、これも明日には更新できそうだ。269Euroと以前のモデル
を買った10年前の倍近い値段となっている。その分、インフレが進み、日本がデ
フレ傾向になっているからなのだろうか、経済って不思議だ。

そういえば、エレバンの大家の娘がシャンゼリーゼ通りのLANCELで以前働いてい
たと言っていたな。繋がりと言えば繋がりだが関係ない話だ。

LANCEL

■ギャラリ・ラファイエットのグルメ館でコンテを調達
コンテ、これはチーズの種類、スイス国境に近い地方のチーズでハードタイプな
ので日本にもそのまま持ち帰れる。

日本語
=home_jp_accueil&lang=jp&fontLang=sys


別に、ラファイエット・グルメで買わなくてもよいが、手っとり早いということ
でこの店のチーズ売り場で試食をしながらCOMTEのチーズを購入、お値段は1キ
ロ39ユーロ、500g注文した。

comte

売り場に並んでいるチーズをいろいろと試食したけど、ここだけに限らず、コン
テが筆者は好む。

■サンジェルマン・デ・プレでムール貝を食す
パリに何店もあるLeonでムール貝を友人と一緒に食べた。この料理、フランス料
理ではなくベルギーのブルージュ辺りの名物だ。初めてヨーロッパ旅行をしブ
ルージュに滞在した時、宿代よりも高いガイドブックに載っていたブルージュ名
物料理を食べた、これがムール貝だった。

パリのこの店、日曜日の夕飯時と言うこともあり、満席状態でした。でも、筆者
はブルージュで食べたムール貝の味が忘れられない。

googlemap:48.85299,2.33616

leon de bruxelles

サンジェルマン・デ・プレのレオン
131 Boulevard Saint-Germain
75006 Paris

■栗を使ったスープ
変わり種だったので、試してみた。無理やり作ったようなスープ、ご存知ですか、
栗のスープって?

Les Editeurs
4 Carrefour de l'Ode'on
75006 Paris
01 46 34 58 30

■■後記
コンテ、日本ではなかなかお目にかかれないチーズ、お目に書かれたとしてもGr
and Reserve はこれまで見たことがない。これ、絶品、また買って帰ろう。

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メールマガジン「世界の街角からMM」第134 2012222
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2012年1月30日月曜日

【世界の街角からMM】第133号 パリのこと等 2012年1月30日


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メールマガジン「世界の街角からMM」       第133 2012130
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パリで10数年来の友人と再会、鮨に下包みを打つ、パリのこと等。

▼目次
■勇鮨 Isami Zushi ‐パリ・サンルイ島の老舗鮨屋
■オペラ座界隈の日本人街
■パリのホテル-Millennium Opera Paris

■■後記
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■勇鮨 Isami Zushi ‐パリ・サンルイ島の老舗鮨屋

19時に予約を入れていましたが、ルフトハンザ航空のフライトが遅れてタクシー
を飛ばしても20時になってしまいました。南米からの直行ではやはりリスクがあ
ったようです。それにクリスマス前、ホテル近くのオスマン通りは渋滞がひどく
タクシーが動かないではないですか。

そんな理由で、レディを19時から待たせてしまったことになる。入った途端に20
時半まで、つまり後30分しかないと若いお兄ちゃんから告げられた、そんな話を
聞いてはいないと突っぱねても、店の都合なのでしょう、擦り合わせしかないの
か、パリの寿司屋はこんなものですかね、と様子を見ておりました。

私のレディによれば、入った時は客は彼女一人で23時まで大丈夫と説明していた
ところを見ると、あとから予約が入ってきたのでしょうか、その後、830分ま
でですと告げたようでレディは憤慨しておりました。レディ一人でメインの料理
を注文しないのなら追い出すつもりだったのでしょう。ぎりぎりで私が入ってき
たのですが前述の通りです。

この人も時間制限にコメントしている。

今回、この店にしたのは、10数年来の知人(レディ)がパリで本格的な鮨が食べ
たいと言うのでパリでは老舗の一つ(1992年開店)であり良い評判を聞いていた
この店にしたのです。私が到着した20時ごろには満席状態でしたので、その評価
は継続して良いということなのでしょう。海外の日本料理で料理人が日本人でな
いと、特に寿司は寿司職人でないと本来の質は提供できないと考えているのです。

しかし時間制限の話は理不尽過ぎる。私が入る前からいた客が、私たちが出ると
きにもそのまま居続けたので、時間制限なのか、馴染み度で判断しているのか、
よくわからない。あとからもったいぶって9時までなら何とかしますと言ってき
た、この対応にも閉口してしまった。その後も隣のフランス人は悠々とデザート
を食べていたのだ。

さて料理だが、お通しはあんきもと巻貝の煮付け、そして、上寿司盛り合わせ
35Euro)と刺身盛り合わせ(38Euro)を注文した。これを30分で食って出て行
けと言っているのと同じだ。

上寿司は、マグロ、タイ、イカ、ホタテ、甘エビ、サーモン、アナゴ、イクラ、
玉子焼き、細巻き等。鮮度は良さそうで美味しいのですが、上寿司としてはやや
役不足の印象でした。

刺身盛りは全てヨーロッパ産とのこと。マグロ、タコ、甘エビ、サーモン、アジ
のたたき、サバ、イカ。マグロは赤身ながら質が良かった。地中海産でしょう、
もしかしたら畜養マグロかもしれません。

みそ汁(鮭)を最初に持ってこられたのも閉口したが、フランス流?。料理は美
味いのですが、繰り返しになりますが時間制限には閉口した鮨屋でした。パリNo.
1との評判なので、だろうか。もう少しゆっくりと食事ができないとお話も出来
ません。店が客を選んでいる印象です、一見さんでもタイミング次第かも。仕切
り直してもう一度行ってみると印象が変わるかもしれません。

客層は、4分の3が日本人(この日)、特にカウンターは日本人だけでした。常連
なのでしょう、年配のご夫婦他、若い人はいませんでした。

スタッフは若いお兄ちゃん、おじさんがウエイター役、寿司マスター(大将でし
ょう)がカウンター内で料理を一人で作っていました。他に会計役の女性が一人
です。かなり忙しそうでしたね。

メニューは日本語しか見ませんでしたが、フランス語版もあるのかな?飲み物は
日本酒各種、ワイン各種ありました。

支払いは、MasterVISAは可です。

1992年開店、 カウンター6席程度、テーブルは4人掛け4つ程度、2人掛けが4つ程
度。要予約。

勇鮨
4 quai d'Orle'ans 75004 paris
01 40 46 06 97

ぐるなび

この店を選んだ情報源

関連情報
ami.htm

■オペラ座界隈の日本人街

オペラ座とパレロワイヤルの間、通りでいうと以下の地区に日本料理屋をはじめ
とする日本関係のショップが多い、ブックオフもこの地区に店を出している。

以前から聞いていたが、今回、実際に自分の足で歩いてみた。日曜日だったので
店はほとんど閉まっていたが、ブックオフは空いていた。地下鉄駅では3号線、Q
uatre-Septembre駅界隈だ。

パリの日本人街
Rue Opera
Rue du Quatre-Septembre
Rue de Richelieu
Rue des Pettis Champs
(Rue Saint Augustin)

下記住所をgoogle mapで検索すると上記地区が出来てきます。
Rue du Quatre-Septembre, Paris

■パリのホテル-Millennium Opera Paris

2004年、確かダマスカスへ出張するときにパリ経由だった。そのときにこのホテ
ルに宿泊した。

この辺りでは安めのホテル、それでも180Euro(朝食付き)、ギャラリ・ラファ
イエットやオペラ座に近く、パリの中でも観光客の多い地区にある。

今回の部屋は、内側向き(コートヤードではないが中庭的な空間がある。)なの
で窓からの景色がないし、日が部屋に入らずお天気がわからない。この料金でこ
の部屋はいただけない。予約時、若しくは、チェックイン時にリクエストをして
おく必要がある。何も言わないと何も考慮されない。このことをすっかり忘れて
いた。

部屋は狭めだが機能は充実している。デスクあり、テレビは珍しくしょぼい、小
さなブラウン管TVだった。ロビーはWi-Fi完備、部屋ではLAN接続可能。

バスタブはあるが、シャワーとタップ用の切り替えが不良で両方から出る。洗面
台は、角を利用して無理やり取り付けた印象で非常に狭い。クロゼットは入口ド
アの隣、これも無理やり作った印象だ。スペースを有効活用していると言えばそ
うかもしれないが、無理は無理。

湯沸かし器が備え付け、でもコンセントがその場にないのでデスク付近に持って
行く必要がある。

ベッドはかなり大きいので二人でも十分な大きさ、寝心地も良かった。ベッドサ
イドのランプはバルブが切れたまま。

朝食付きにしたのは15ユーロの差しかなかったからだ。その朝食の内容は、三つ
星ホテルのコンチネンタルよりは充実しているが、ブッフェスタイルであるもの
のそれ以上の特色がない。これ以上あっても困るがコーヒーとパン、チーズに
ヨーグルト、そしてフルーツ等があれば私の場合は満足なのだ。

ウエイターのサービスレベルは高いとは言えず、テーブルについてフォーク、ナ
イフ、スプーンを確認する必要がある。そしてウエイターを呼ばないとコーヒー
がサーブされない。サービスレベルは並み以下だ。

この食事の質を見ると三つ星+という印象となります。

日本語のパリ情報誌が置いてあったので日本人客も多いのだろうと思う。

Millennium Hotel Paris Opera

■■後記
辛口である、そう感じたまま、つまり率直な印象なのです。
パリが変わったのか私の印象が変わったのか・・・よくわかりません。

でもパリは魅力ある都市です、また行きます。
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2011年12月23日金曜日

【世界の街角からMM】第131号 パリへの長い道程 2011年12月23日


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メールマガジン「世界の街角からMM」       第131 20111223
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今日は「天皇誕生日」で祝日、天皇陛下は78歳になられた。おめでとうございま
す。

さて、

アスンシオンからサンパウロを経由してフランクフルトへ

そして、パリへ移動し10数年来の友人と再会、鮨に下包みを打つ。

パリのこと等を中心に。先ずは、パリまでの道程、長い移動でした。

▼目次
■アスンシオンからサンパウロへのTAM航空便
■ターミナルごとしか出発便が表示されないサンパウロ・グアルーリョス国際空
■ルフトハンザ航空、急病人発生で離陸後1時間でサンパウロへ引き返す
■フランクフルト国際空港、チケット変更に戸惑う

■■後記
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■アスンシオンからサンパウロへのTAM航空便
1時間遅れでアスンシオンを離陸したTAM航空便サンパウロ行きは、途中、Ciudad
 del Esteに立ち寄る、これはアスンシオンからサンパウロへ行く時だけでサン
パウロからアスンシオンへ向かう便は直行でアスンシオンへ行く。

そのCiudad del Esteに立ちよりは、3つの点については期待していた。
1)イグアス貯水池、イグアス移住地、アカラウ川を空から観察すること
2) グアラニ国際空港(Ciudad del Este)の外観を観察すること。グアラニ空
港は円借款により整備されており、そのターミナルビルを見ること(観察するだ
けが最大限出来ること、寄港するものの降機しないので)
3)そしてハイライトが、イタイプ水力発電所を空から見ること、きっとこの
ルートを飛ぶであろうと考えた。

なんと、アスンシオンの出発は遅れて躓き、飛び立った直後もアスンシオン市街
地はほとんど見られなかったが、この3点は期待通り、運が良かったとしか言い
ようがない、実現した。というのは席が反対側だったら見られなかったからだ。

サンパウロからアスンシオンへ向かうTAM航空は窓側の席を予約しておいたが、
乗り込んだら通路側だったのだ。搭乗券は、成田で発券されているので安心しき
っていた。復路は、念を押したのだ。

▼イグアス貯水池
巨大な貯水池だ、1970年にアカラウ発電所IIを建設する際、イグアス川を堰き止
めて流量を調整せいている。

▼イグアス移住地
イグアス貯水池の手前が日本人移住地となる。その周辺に広がっている果てしな
く続く農地は大豆であろう、豊かな農地が続いていた。実際に10月下旬に現地を
見ているので

7号線らしき幹線道路がグアラニ空港着陸直前に見えたが、イグアス農協付近は
確認できなかった。

▼アカラウ川
イグアス貯水池からイグアス川はアルト・アカラウ川と合流し、アカラウ川とな
り、蛇行しながらアカラウ貯水池へ流れ、アカラウダムとなる。その直下にアカ
ラウ水力発電所IIIがある。そして、発電に使った水はパラナ川へ放流される。

▼グアラニ国際空港
降機しないが遠くからターミナルビルを眺める。アスンシオンから何人かはここ
で降りた。国際空港とは言え閑散としている事は否めない。エプロンには航空会
社のマークのないB747貨物機が駐機していた。 198012月にL/A締結、199412
月に運営を開始している。106.72億円が円借款で融資された。
ect_87_smry.pdf

▼イタイプ水力発電所
これはラッキーだった。エステの空港を離陸直後、進行方向左側に巨大なイタイ
プ貯水池が遠方に見えてきた。そして、直ぐに直下にイタイプダムが見えた、放
水口、ダムと発電所ははっきりと見えた。わざわざ上空を飛んでくれたような
ルートだった。TAMの計らいか。

■ターミナルごとしか出発便が表示されないサンパウロ・グアルーリョス国際空

サンパウロにはコンゴニャス国際空港(近距離国際線用)とグアルーリョス国際
空港(サンパウロの空の玄関)、それから郊外のカンピーナスにヴィラコッポス
国際空港(国内線と貨物)の3空港がある。

通常、長距離線でサンパウロに到着するのでグアルーリョス国際空港を利用する
ことになる。この空港、とっても厄介なのである。

ターミナルが12があるが、乗り継ぎ便のスケジュールはターミナル1と2の出
発案内に表示される便はそれぞれのターミナルから出発する便だけであり、ター
ミナルが異なると自分が乗ろうとしている便がない、ということになる。しかも
案内デスクなどはほとんどなく、あったとしてもそれを理解していない回答しか
ないので、慣れないと非常に悩ましいことになる。

こんな空港は、BRICSと言えども、他にない、中国は知らないが、少なくともモ
スクワ・シェレメツェボ空港はターミナルが異なってもしっかりと出発ターミナ
ルが表示されていた。

Sao Paulo Guarulhos International Airport

■ルフトハンザ航空、急病人発生で離陸後1時間でサンパウロへ引き返す

ルフトハンザ航空507便は、夕刻、ナトリウム灯のオレンジ色の光に照らされサ
ンパウロの市街地が漆黒の闇への入口に差しかかるころ、サンパウロ・グアルー
リョス国際空港を概ね定刻通りに飛び立った。

機内の照明が落とされ、滑走路を端まで移動し、巨大なB747-400の機体は離陸し
フランクフルトを目指した。いつの間にか、うとうととしていたようで黄昏時の
様子を撮影しようと思っていたがその機会を逃してしまったようだ、そして、乱
気流により目が覚めた。機内照明が付きドリンクサービスが始まった。その時、
機内アナウンスで医師の搭乗者がいないか、問い合わせがあった。どうやら急病
人が出たようだ。

その後、再度、機長からアナウンスがあり急病人の容態が改善しないことから、
サンパウロへ引き返すとの案内があった。丁度、離陸してから1時間ほど、乱気
流が収まった頃だった。

人命第一、これまでサンパウロから1時間かけて飛んだ距離を戻り、急病人は収
容された。そして、航続距離ぎりぎりなのだろう、B747-400の航続距離は満タン
12,500km飛べるが、再度、燃料を満タンにするのに1時間ほどかかり、3時間遅
れで再離陸した。

この遅れにより、フランクフルトでの乗り継ぎ客は乗り継ぎ便に間に合うだろう
かと心配になるのは当然のこと。隣の席の客は、タイ航空バンコク便へ乗り継ぐ
ようだった。そういう私もフランクフルトからパリへ移動する。3時間遅れは想
定外なので予定のフライトは乗れなくなる。

航空券を通しで購入した場合、自動的に振替が行われるが、別途購入している私
の場合は、どうやらチケットカウンターへ行かないとどうしようもないらしい。
パーサーが乗り継ぎ可能な便の案内をよこした。そして、トランスファーカウン
ターで再予約せよとのアドバイスだった。

フランクフルトから東京への乗り継便である710便の出発は1330、これにも間
に合わないが、同日の2045分発の全日空便への振り替えとなったようだ。

LH597便はリスケ通り、1330分にフランクフルト国際空港に到着した。

■フランクフルト国際空港、チケット変更に戸惑う

サンパウロからのルフトハンザ航空507便が急病人発生により、サンパウロへ引
き返したため、3時間の遅れが発生した。

そして、507便は1330分にフランクフルトに到着、15:55発のパリ行きに
2時間30分の余裕があった。しかし、この再予約にものすごーく手間取ったの
だ。

降機したゲイト付近にあったトランスファーデスクに人がおらず、他の乗り継ぎ
客対応で特別デスクを置いて対応していたことも影響している、先に荷物をピッ
クアップしてからチケットの変更をしようと考え、入国手続きへ進んだ。

そして、チェックインカウンターへ行き並んだものの、運悪く、待てど暮らせど
進まない、ここでの待ち時間が予定フライトまでの時間を圧迫し、応対した時に
は出発40分前、そして、その結果はこのカウンターでは処理できないこと、そし
て、チケットカウンターへ行くようアドヴァイスされた。

ここで並んだのは、チケット変更することを職員へ告げ、ここで待てということ
だったが、全く理解していなかったことになる。やはり、人をよく見ないと適切
な処理ができないということだ。

その指示に従って、チケットカウンターへ行くと、今度は50人待ちだった。ここ
で既に出発予定まで30分、もうこれでは無理と判断した。しかし、そんな悠長に
待っていられないので、順番待ちをよくみるとビジネスクラスやスターアライア
ンス・ゴールドカード所持者は待遇がことなることに気が付いた。よって、ビジ
ネスチケットを見せて、シルバーカードでは優遇うされない、優遇順番待ちの札
をもらって5分も経たないうちに順番となった。その時点でもまだ30人くらいま
待ち状態だった。

結果として予約できたのは、1655の便、1810分にパリ・シャルル・ド・ゴー
ル空港着なので19時に友人と待ち合わせにしているが、直行しても間に合わない。

タクシーでオスマン通りのホテルへ行き、荷物を降ろす、そこからまた、タク
シーでサンルイ島のレストランへ行ったが、結局20時になってしまった。1時間
もレディを待たせてしまったことになる。失礼した。

この時のフライトは全て遅れか何らかのトラブルがあったが、最終的に1時間遅
れでパリの友人と再会した。まあ、アスンシオン-サンパウロ-フランクフルト-
パリの直行ルートなので無理があったか、ルフトハンザ航空を信頼していたのだ
が急病人は致し方ない。他は良い教訓となった。やはり人を見る目は、外しては
ならない。

■■後記

パリまでの道程、長い移動でした。

こういう時が時々発生する、落ち着いて対応すれば道は開ける、という教訓は常
に生きている。

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2011年4月21日木曜日

【世界の街角からMM】第99号 ボルドーとパリ・レポート(2) 2011年4月20日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第99号 2011年4月20日
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エレバンから機会を捉えて大家が滞在していたボルドーまで足を伸ばしてみた。
ボルドーとパリ・レポート2/2です。なお、ベルリン・レポートはこの後継続し
ます。
▼目次
■ボルドーのマルシュでランチ
■ボルドーで日本を知る
■パリ・オペラ座のランセルでキャリーオンを更新
■パリで目立った中国人観光客
■■後記
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■マルシュでランチ
翌日、大家の娘の旦那であるローランドが旧市街の散策案内を買って出てくれた。
前日の夜も散策したのだが、まったく地図が頭に入っていないことと予備知識が
ないので記憶が不鮮明だ。それに、街路がパリと同様、幾何学的なのが厄介だ。

今日はマルシェでランチを食べることを目的に旧市街を散策した。マルシェへ行
く前にアラブ人街と蚤の市のようなマーケットが土日に開催されるという教会前
の広場を散策した。

アラブ人街は建物こそヨーロッパだが、看板はアラビア語、道行く人々もほとん
どがアラブ人、多分、北アフリカ系では思わる、ボルドーとは思えない、ちょっ
と異質な空間だがこれが現実なのだろう。食料品、衣料品、家具、アラブファー
ストフード等などのショップが並び生活感が溢れていた。

教会の前では生活道具などを持ち込んだ屋外市場が開かれていた。一言で言うと
リサイクル市場というかガラクタ市場のようだ。エレバンのVernissageとよく似
ている。ウィーンにも同じような市が立つが合理的な考え方だ。それが定期的と
いうのがよい。

どこの国でも市場はその国の台所事情を垣間見ることが出来、新参者にはたいへ
ん楽しい場所だ。通常の観光名所よりこういうったその土地の生活観がある場所
を私は好んで訪れる。

マルシュ、仏語で市場と書かれた大屋根が架けられたマルシェには、野菜や肉類、
魚介類、その他食料品が各ブースで売られている。フランスといえばチーズ、そ
の種類の多さは見ているだけで楽しめる。私の好みは、コンテとブルーチーズ、
試食しながら少し購入した。

マルシェの魚介類売り場の隣がカフェレストラン、食堂といったイメージだが、
になっていて魚介類が食べられるようになっている。料理は生や茹でたものが多
くそれほど調理に時間をかけていない。

既に私たちが着いた時間はほぼ満席、運よく少し待ってテーブルが空いた。注文
はローランドに任せ、生牡蠣と白ワインを注文した。大柄のウエイトレスが皿を
何枚も重ねて手際よくテーブルに配膳している様は豪快そのものだ。

目の前で親子と思われる辻ミュージシャンが準備をはじめた。アコーディオンと
打楽器が奏でる音楽はテンポが速くリズミカルだ。飛び入りで客の女性が踊り始
めた。この芸人はコーカサス、チェチェンあたりから来たのではないかとうのが
ローランドの弁、コーカサス地域の音楽はテンポが速く踊り向きだ。

1セッションが終わり子供がチップを集め始めた。素晴らしい音楽だったのでチッ
プを弾み、この機会に席を立った。白ワインでほろ酔い気分のまままた散策を続
けた。

▽カヌレ
ローランドと旧市街を散策中、彼がボルドー名物だというお菓子を買ってくれた。
それがカヌレだった。初めて食べたのだが、先日、祐天寺駅前で偶然入ったパン
屋に同じお菓子を見つけた。名前は忘れていたが、これはカヌレというらしい。
日本でも一時流行ったと聞いた。

後からわかったことだが、シェルイというケーキ屋(パティシエ)がカヌレを日
本に紹介したという、それはシェルイだったようだ。

代官山のシェルイ
http://chez-lui.com/

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■ボルドーで日本を知る
アパートに戻ってから話をしていたら大家の母親がソ連時代に日本へ行ったとき
に買ってきたというラジオを見せてくれた。彼女の母親はオペラ歌手で1958年と
1964年に公演で来日しており、そのときにかなり日本製品をお土産に持ち帰ったよ
うだ。

エレバンのアパートにも日本製の壺があるし、大家は日本製の編み機を所有して
いる。数ヶ月前に娘にも買いたいので日本で調べてくれないかと相談された。

さて、このラジオだが、非常に小さい(43 x 49 x 20 mm)、メーカーはStandard
Radio Japanと刻印されていた。聞いたことがないメーカーだが、スタンダードは
無線機ではあるのでもしやと思い調べてもらったら、その関係であった。スタ
ンダードダジオはその後、日本マランツとなり、八重洲無線とも関係がある。

小さなラジオは確かMicronic-Ruby SR-G430という型だったと思う。まさか、ボル
ドーで新たに日本のことを知るとは、出向いた甲斐があったというものだ。

Micronic-Ruby SR-G430
http://www.radiomuseum.org/r/standard_micronic_ruby_g430g_43.html

Standard Radio
http://www.radiomuseum.org/dsp_hersteller_detail.cfm?company_id=5454

■パリ・オペラ座のランセルでキャリーオンを更新
10年前に泊まったオペラ座とマドレーヌ寺院の間に位置する安ホテル(パリで
は)Hotel Montrealへ電話予約する。料金を確認すると100EUR、以前も同じくら
いだった記憶だ。ここは古めかしく、清潔なホテルで場所もよく気に入っていた。

ボルドーからモンパルナス駅に21時30分に着き、そこからタクシーでホテルまで
移動した。距離感がなかったが13EURと意外と近かった。

ホテルのロビーは当時から改装したようでレセプションの位置が変わっていたが、
蛇腹式エレベータのドアを含めてそれ以外はまったく同じでなんとなく安心した。
その後、夜のオペラ座界隈を散策しつつ、何か食べなければと思い、マクドナル
ドに世話になった。夜遅いときは利用させてもらう。

オペラ座界隈の夜
http://www.iio.org.uk/gallery/europe/paris_at_night3.htm

Hotel Montrealの部屋
http://accommo.iio.org.uk/hotel_paris_montereal.htm

ホテル前、早朝の通り
http://www.iio.org.uk/gallery/europe/paris.htm

翌朝、オペラ座の右にあるLANCELへ出向いた。使っているキャリーオンは既に
ローラーが2度壊れ、ファスナーと生地の縫い目が綻んでいる状態なので要買い替
え状態なのであった。そして、このキャリーオンはこの店で10年以上前に調達し
たので、この機会に同じ店で買い換えた。

LANCEL
http://www.lancel.com/#/en/the-lancel-collection/travel

既に同じモデルはなく、後続モデルがあったのでそれにしたが、値段が2倍近くに
なっていた。古いキャリーオンをそのままショップに持ち込み、中身を購入した
新しいキャリーオンに詰め替え、古いのを処分してもらった。

■パリで目立った中国人観光客
ランセルからの帰り道、ユニクロパリ店の前を通り、プランタンデパートに立ち
寄った。特に用があったわけではなく、以前よく歩いたこの界隈のコースになっ
ていたからだ。ギャラリ・ラファイエットの前にあった、M&Sはギャラリ・ラファ
イエットに変わり、プランタンの交差点反対側はPAULになっていた。

キャリーオンがあるのでちょこっと雰囲気をと思って入ったプランタン、エスカ
レータを降りた正面にアジア系観光客がたむろし、通りを塞いでいた。近づいて
もまったく意に介さず、通りますよと声をかけつつも、何を言われているのかわ
からない様子、会話から中国人観光客のようだ。この時だけではなくパリでは中
国人観光客をよく見かけた。

一昔前の日本人観光客と同じなのだろうか、当時からブランドショップに群がる
日本人の心理には理解できないものがあった。国内販売の価格差に一因あるよう
だが、それでも列をなして高級ブランドショップに並ぶ真理は理解できない。中
国でも一昔前の日本と同じように高級ブランドが持て囃され、猫も杓子も高級ブ
ランド志向が根強くなってきたのだろうか、それとも、高級ブランドの宣伝効果
なのか、何れにしろ私とは縁がない。

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■■後記
今回でボルドーとパリについては今回でお仕舞いです。ボルドーへは思い切って
出向いた甲斐があった、次回以降はベルリンの続きをレポートする予定です。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第99号 2011年4月20日
発行責任者:飯尾彰敏 Copyright(c) Akitoshi Iio All Right Reserved.
E-mail:iio.tokyo@gmail.com
公式サイト:http://worldcity-mm.blogspot.com/
ご意見・ご感想:http://form.mag2.com/slicleapru
Twitter: http://twitter.com/moskvichka55
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2011年4月18日月曜日

【世界の街角からMM】第98号 ボルドーとパリ・レポート(1) 2011年4月17日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第98号 2011年4月17日
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エレバンから機会を捉えて大家が滞在していたボルドーまで足を伸ばしてみた。
ボルドーとパリ・レポート1/2です。
なお、ベルリン・レポートはこの後継続します。
▼目次
■エレバンからボルドーへ
■パリ・シャルル・ド・ゴール空港からモンパルナス駅へ
■ボルドーの町と大家の娘の家族
■■後記
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■エレバンからボルドーへ
エレバンで借りているアパートの大家が私が出張したときにボルドーに嫁いでい
る娘の家にいた、以前からボルドーへの誘いもあり、パリでの所要もあったこと
から、この機会に思い切って二日ほどボルドーへ行くことにした。

航空券はウィーンまであるのでウィーン-パリ間を買い足した。オーストリア航
空のオンラインで購入したのだが220EURとかなりリーズナブルだった、ヨーロッ
パ内はこんなものなのだろうか。

オーストリア航空
http://www.austrian.com/?sc_lang=ja&cc=JP

ウィーン乗り継ぎが1時間しかなく、ややあせった、というのは航空券を買い足し
ているのでエレバンではウィーン-パリ間の搭乗券が発券できない、が荷物はパ
リまでチェックインしている。乗り継ぎ1時間という条件なのでエレバンの空港で
もう一度チケットを見直したら、オンライン・チェックインが出来ることに気が
付いた、よって早速試みた。しかし、エレバン空港のインターネットが非常に遅
く、なかなかページが進んでくれない、搭乗時間ぎりぎりまで粘って手続きを済
ませ、ファイルをダウンロードした。携帯電話へSMSで搭乗券を送るににチェック
しておいたので搭乗券を表示できるアドレスも届いた。

これで概ね問題ないだろうと、3時間余りのフライトで思いっきり寝た。エレバン
午前5時20分発、ウィーン6時5分着、パリ行きは7時発、全てオーストリア航空だ。

ウィーン空港到着後、ゲートがわかっていないので確認したら、到着ゲートの直
ぐ隣だったので幸いした。シェンジェン条約エリア内は非常に乗り継ぎが楽だ。
念のため、オーストリア航空のデスクで搭乗券を発行してもらった。なぜか、デ
スクの女性はオンラインでチェックインしていることになぜか驚いていた。

■パリ・シャルル・ド・ゴール空港からモンパルナス駅へ
1時間ほどでウィーンからパリのシャルル・ド・ゴール空港に着いた。荷物を引き
取りカートに載せて、フランス国鉄(SNCF)駅へ移動する。事前の調べでは空港
からボルドー行きTGVが出ているがやや時間のタイミングが悪い(運行頻度が低
い)ので、ボルドー行きTGV駅であるモンパルナス駅までバスで行くことにした。

シャルル・ド・ゴール空港
http://www.aeroportsdeparis.fr/ADP/en-GB/Passagers/home/

タイミングが合えば、シャルル・ド・ゴール空港から直接ボルドー行きに乗車し
ても移動時間はさほど変わらない。

念を入れて、ターミナル2Fと2Cの間にあるフランス国鉄の駅へ行き列車の時刻
を確認する。予想通り、シャルル・ド・ゴールからボルドー行きの適当な列車は
なかった。それでここで12時10分発のモンパルナス-ボルドー(St.Jean)のチケ
ットを購入した。1等と2等の差が10EUR程度だったので、眠かったせいもある
が、1等を購入した。77EUR(復路は2等で85.9EURとなぜか高かった)、TGVは全
席指定席だ。

SNCF
http://www.voyages-sncf.com/

さて、ここからモンパルナスへはエールフランスが運営しているバス、Les Cars
に乗らねばならないのでSNCF駅から案内に沿って2Cまでカート押しながら移動、
シャルル・ド・ゴール空港はかなりでかい。

Les Cars
http://www.aeroportsdeparis.fr/ADP/en-GB/Passagers/Access-maps-car-parks/
Paris-Orly/Access/public-transport/

モンパルナス駅行きは30分毎に運行しているがなかなかバスが来ない。かなり余
裕を持っていたので何とか間に合ったが、少しだけ冷や汗。バスは50分程度かか
り、リヨン駅を経由してモンパルナス駅横に到着した。

ホームまではエスカレーターを一つ上ればよかった。そして、現在時間と列車の
出発時間を確認した。5番線からの出発を確認し、ホームにいた係員にチケットを
見せて車輌を聞く、丁寧に教えてくれた。出発時間まで10分程度と迫っていたが
荷物だけ置いてボルビックの水を買って乗り込んだ。

1等はゆったりとした横3列の配置、4席のコンパートメントと窓側に2席が配置さ
れている。荷物置き場のスペースも十分だ。パソコン用の電源も用意されている。
ボルドーまで3時間17分、春の車窓を眺めながらうとうとした。

エレバンからは時間は短いが夜行便のようなフライトだったので顔も洗っていな
かった。TGVに乗車して少し落ち着いたので洗面所で髭をそり、顔を洗った。新幹
線のような洗面台は用意されておらず、トイレの中にあるのみ、この洗面台、手
を洗うことが出来るが顔を洗うようにデザインされていないので、手で水を汲み
ながら顔を洗おうとすると床に水がこぼれてしまう。わざわざそのようなことが
出来ないようにデザインされているとも考えられるが。

■ボルドーの町と大家の娘の家族
12時10分、パリ・モンパルナス駅発のTGVでボルドーへ向かう。所要3時間17分
路線距離約500km、15時27分にボルドーSt.Jean駅に到着した。ガロンヌ川を渡る
とボルドーSt.Jean駅だ。この駅が終点ではなく、TGVはまだ先へ行くようだ。

TGVがヨーロッパの駅によくある大屋根が架かっているホームにゆっくりと滑り込
むころ、ホームに目を向けると大家の娘Meriが既に迎えに来ているのが見えた。
帰りのスケジュールが不明のままなので(シャルル・ド・ゴールで入手したつも
りだったが下りだけだったので)、先ず、復路のTGV時刻表を入手し、駅前からト
ラムに乗り案内されるままに移動する。荷物があったのでタクシーに乗ることも
考えたが、ここはやはり公共交通に乗ってみたかった。

トラムはガロンヌ川沿いの停留所で降車、スーツケースを引きずって古い町並み
と石畳の路を数分歩いた。石畳なのでスーツケースを引きながらの移動は苦にな
ったが、町並みを眺めているうちにアパートに着いた。

アパートはどうもかなりの中心らしい、曲線の美しい階段を上がった2階にあり、
窓からは通りが見下ろせた。Meriの家族に紹介され、大家もそこにいた。アルメ
ニア人はもてなしが非常に温かい、クロワッサンとチーズの盛り合わせ、飲み物
を頂戴した。昨晩から移動が続いたのでほっとした、また、朝から機内食以外口
にしていなかったのそれらを頬張りながら、当然ながら東日本大震災のことを聞
かれので現状を説明した。

そして、日本から持ってきていたあられの詰め合わせとどら焼きを手土産にした。
みな興味津々、早速、封を切ろうするが、表の包みは容易に開けられたが、缶に
入っているあられは開けられないので手伝った。どら焼きの包みもビニル包みの
切り方がわからないようだった

Meriの家族は5人家族、高校教師の旦那と男の子三人だ。1年に1回程度、大家
がエレバンからボルドーに滞在している。ビザ取得が年々厳しくなり、提出する
書類が増えているという。

ボルドー市
http://www.bordeaux.fr/

ボルドーの地図
http://www.bordeaux-gironde.fr/

さて、ボルドーだがよく知られているようにワインの産地だ、そして響きの良い
町だ。しかし、ブドウ畑やワインの醸造蔵が存在するのはメドックやサンテミリ
オン村付近のようだ、ここから50キロだと説明された。五大シャトーの名くらい
挙げておかないと失礼だろうか、余り縁がないが。

ボルドーワイン
http://www.bordeaux.com/

* Cha^teau Lafite-Rothschild
* Cha^teau Margaux
* Cha^teau Latour
* Cha^teau Haut-Brion
* Cha^teau Mouton-Rothschild*

ボルドーの空気は春だった。地図でみるとパリから500キロ程度南下したことにな
る。何の予備知識もなくボルドーに来たが、中心の歴史的地区が世界遺産に指定
されたということぐらいは耳にしていた。

ボルドー観光局
http://www.bordeaux-tourisme.com/

▽公共交通システム-トラム
ボルドーSt.Jean駅前にトラム乗り場がある、新たに導入したような真新しいトラ
ムだ。調べてみたところ、トラムの歴史は新しく、2003年12月21日に最初の路線
が運営を開始した。現在、43.9キロに及ぶ、ネットワークは3路線、一日あたりの
乗降客数は16.5万人だ。トラムは第三軌道式(地上から電力を供給する)、
Alimentation par Sol (APS) 式で、運営は5年契約、Keolis Bordeauxが運営して
いる。

Ground-level power supply
http://en.wikipedia.org/wiki/Ground-level_power_supply

リンク:
ボルドーの公共交通(仏語)
http://www.infotbc.com/

Bordaeux Tramway- Wiki
http://en.wikipedia.org/wiki/Bordeaux_tramway

Bordeaux-Tram
http://www.trams-in-france.net/reload.htm?bordeaux.htm

Cyber Bordeaux
http://www.cyberbordeaux.com/english/transport/tram.php

ボルドーの写真
http://www.flickr.com/photos/yha229/sets/72157626417338058/show/


▽ヨーロッパで最も長いショッピングストリートの一つ
トラムの停留所からMeriのアパートまで行く途中にも少し歩いた、そして、ア
パートから数十メートルの距離にあるのが、ヨーロッパで最も長いショッピング
ストリートの一つとされる、Rue Sainte-Catherine、聖カトリーヌ通りと訳すの
だろう、ビクトリア広場から劇場広場まで(実際場所がよくわかっていない)の
本当に一直線だ。エレバンを発つ前にwikiで調べていたので存在は知っていたが
こんなに近くにとは驚いたね。

雑談の後、夕食までの間に一人で歩いてみた。確かに長い、とにかく長い、ヨー
ロッパやパリにあるショップはほとんどあり、ギャラリ・ラファイエットもあっ
た。ここでほとんど用が足りてしまうのだろう、特に土曜日であり暖かい日だっ
たのでかなり混雑していた。日曜日はショップも閉まるので閑散とするらしい。

▽ボルドーの世界遺産
住んでいる地区も世界遺産の歴史地区なのかはっきりししないが古い町の印象だ。
はっきりとオスマンとは異なる建築デザインだ。ボルドーの世界遺産は以下のと
おり。

世界遺産:
3ヶ所がフランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路のモニュメントと
して1998年に世界遺産に登録されている。
* サン・タンドレ大聖堂
* サン・スラン大寺院
* サン・ミッシェル大寺院

それから歴史地区が「月の港ボルドー」の名で、2007年に世界遺産に登録された。
かつて港町として栄えたボルドーの歴史地区を対象としている。「月の港」は、
ボルドー市内で三日月形に湾曲しているガロンヌ川沿いに発達したことに因むボ
ルドーの通称である。

▼無料レポート情報
『世界一わかりやすいアメリカ没落の真実』
アメリカ没落の裏事情を、世界一わかりやすく・山盛り資料つきで解説します。
これを熟読すれば、あなたも世界情勢が手にとるようにわかるようになるでしょ
う。
http://www.muryoj.com/get.php?R=13883&M=100004019

■■後記
ボルドーはフランス、何でもかんでもフランス語だ。これはパリからだが。買い
物程度は英語も通じる。もう何年も沙汰するとまた同じことを考えてしまう。こ
こはフランスなのだと言い聞かせた。

ボルドーへ来たのは何かの縁、されとて時間が非常に限定的、もう少し町を見て
回りたかったが土曜日の午後着いて日曜日の夜に発つというスケジュールになっ
た。それでも、Meriの旦那であるローランドがボルドーの町をよく案内してくれ
た。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第98号 2011年4月17日
発行責任者:飯尾彰敏 Copyright(c) Akitoshi Iio All Right Reserved.
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