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2013年7月31日水曜日

【世界街角通信】第169号 コロンボ(10) 2013年7月31日



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メールマガジン「世界街角通信」       第169 2013731
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皆さま、こんにちは、世界街角通信です。

若干それましたが、コロンボ(10)、南の島、スリランカの首都コロンボの話題
に戻ります、今回はホテル他についてです。

▼目次
■日本の政府開発援助、2012年度実績
■コロンボのホテル事情

■■後記
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■日本の政府開発援助、2012年度実績

2012年度の政府開発援助(ODA)に国際協力銀行による海外投融資を加えた金
額は、前年度比95%増の約5兆7300億円と過去最大、2012度度のODA供与の総
額は11%増の1兆5000億円程度。なかでも有償資金協力である円借款が1兆2265
億円と前年度比15%増、アフリカ諸国向けが4倍に増加、全体の7割を占めるア
ジア諸国向けは5%増となった。

外務省ODA

■コロンボのホテル事情

2009年の和平合意前にコロンボのホテルに宿泊したことのある人は安かったとい
う印象を持っている事だろう、筆者もその一人、高級ホテルが6585米ドルで宿
泊できたのでした。

筆者は2005年にモルディブで仕事をした時に往復コロンボで宿泊しているがその
時の印象、当時はGakadariとタージに宿泊した、確か65ドルと70ドル、何れも朝
食付きだった。ヒルトンでも85ドルだった。

それが昨年の滞在で認識を変えなければならなくなった。もはやそれらのホテル
はそのような料金では宿泊できず、倍以上に値上がってしまった。政府がホテル
の格付け毎に最低料金を決め、それを強制している。よって、自由競争はない。

この手のホテルが150200ドル程度になっているのが現状です。ちと出張者には
つらい価格帯なのです。

▼中級ホテルが少ない

供給も少ないことが挙げられ、特に、使える中級ホテルが少ない、それでも、こ
れらの3つ星クラスでも政府統制価格なのでそれほどお得感がない。

高級ホテルと中級ホテルの境目が、100米ドル朝食なしである。これ以上だとビ
ジネスで使ってもそれほど差し支えないが、100ドルを少し切った98ドル程度だ
と大きく質が下がることがある。

それより安いクラスのホテルは75ドル、60ドル前後となる、それ以下は見当たら
ない。

このクラスより下の場合(今のホテルより10ドル安いだけ)で質が変わってしま
う。最近は増築して部屋は新しくビジネス向きにインターネットは無料で提供し
ているようだが数が少なくビジネス客が集中する。その下は仕事をするには難が
ある。

▼間違いが元で歴史あるホテルへ

今年は、昨年の滞在時期から円がドルに対して25%下げたこともあり、クライア
ントお薦めホテルでは予算より50ドル程度のオーバーだと思いこんでいた(やや
こしいので説明し難い)、それで早く安いホテルへ移ろうと移転先を提供された
情報と下見から決めたのだが、チェックアウトで請求書の金額を見て勘違いして
いたことがわかった。

最初のホテルは事務所へ徒歩圏、レストランの選択肢も多いしショッピングモー
ルが併設している。ほとんどこのホテルの中で事が済んでしまう。まあ、この
モールまでは今のホテルからでも徒歩5分程度ではあるし、事務所までも徒歩で1
0分はかからない距離であろう。

されてと引き返すわけにはいかない、部屋を下見はしたもののインターネットが
どの程度の接続なのか、部屋の照明は等が気になっていた。結果は最初のホテル
より10ドル安いだけであった。

ビジネスではあまり重要視しないが、移ったホテルはオーシャンビューに立地す
る(コロンボはインド洋に面しているので立地がし易い)、そして歴史的なホテ
ルである、よって客は観光客が主、建物は古いがよく維持管理されている、4
建、EVもあるがその横の階段は木造だ。

海側にはプールがあり当然ながら昼間から日光浴をしたり泳いだりしている、こ
れから難題が多い業務故、足元を固めておこうと思ったが逆効果になってしまっ
たような気がする。窓からはインド洋が見える、隣はインド大使館とUSAID及び
アメリカンセンターだ、波音も聞こえる。

こんなホテルに仕事で宿泊できるのは稀であろう。

▼建設中の高級ホテル

スリランカでは観光投資が積極的に行われている。コロンボでは、シャングリラ
Galle Face Green前に、Hyatt RegencyGalle Road、シナモングランドの前
に建設中、それぞれ2015年と2014年に竣工予定とのこと、シャングリラはまだ基
礎工事中で建ち上がっていない。Hyattはもう最上階まで建設が終了しているが2
014年には間に合うかどうかだ。

部屋数が増えても料金が変わらないのであればあまり意味がない

★★★フォーラムのご紹介★★★

★中央アジア・コーカサス開発研究会(グループ)

★露・東欧地域研究会(グループ)

★★★フォトギャラリーのご紹介★★★

このメールマガジンの記事に関係する写真を掲載しています。

klubnika's photo blog

photo blog 世界街角通信

■■後記

筆者は長期の場合はアパートに滞在するのですが、前回まではどうも情報収集を
しんけんいしなかったので適当なのが見つからなかった。皆、最低一年契約前払
いと強気、そんなことは無いはずだ。仕切り直して望もう。

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メールマガジン「世界街角通信」第169 2013731
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2012年1月30日月曜日

【世界の街角からMM】第133号 パリのこと等 2012年1月30日


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メールマガジン「世界の街角からMM」       第133 2012130
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パリで10数年来の友人と再会、鮨に下包みを打つ、パリのこと等。

▼目次
■勇鮨 Isami Zushi ‐パリ・サンルイ島の老舗鮨屋
■オペラ座界隈の日本人街
■パリのホテル-Millennium Opera Paris

■■後記
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■勇鮨 Isami Zushi ‐パリ・サンルイ島の老舗鮨屋

19時に予約を入れていましたが、ルフトハンザ航空のフライトが遅れてタクシー
を飛ばしても20時になってしまいました。南米からの直行ではやはりリスクがあ
ったようです。それにクリスマス前、ホテル近くのオスマン通りは渋滞がひどく
タクシーが動かないではないですか。

そんな理由で、レディを19時から待たせてしまったことになる。入った途端に20
時半まで、つまり後30分しかないと若いお兄ちゃんから告げられた、そんな話を
聞いてはいないと突っぱねても、店の都合なのでしょう、擦り合わせしかないの
か、パリの寿司屋はこんなものですかね、と様子を見ておりました。

私のレディによれば、入った時は客は彼女一人で23時まで大丈夫と説明していた
ところを見ると、あとから予約が入ってきたのでしょうか、その後、830分ま
でですと告げたようでレディは憤慨しておりました。レディ一人でメインの料理
を注文しないのなら追い出すつもりだったのでしょう。ぎりぎりで私が入ってき
たのですが前述の通りです。

この人も時間制限にコメントしている。

今回、この店にしたのは、10数年来の知人(レディ)がパリで本格的な鮨が食べ
たいと言うのでパリでは老舗の一つ(1992年開店)であり良い評判を聞いていた
この店にしたのです。私が到着した20時ごろには満席状態でしたので、その評価
は継続して良いということなのでしょう。海外の日本料理で料理人が日本人でな
いと、特に寿司は寿司職人でないと本来の質は提供できないと考えているのです。

しかし時間制限の話は理不尽過ぎる。私が入る前からいた客が、私たちが出ると
きにもそのまま居続けたので、時間制限なのか、馴染み度で判断しているのか、
よくわからない。あとからもったいぶって9時までなら何とかしますと言ってき
た、この対応にも閉口してしまった。その後も隣のフランス人は悠々とデザート
を食べていたのだ。

さて料理だが、お通しはあんきもと巻貝の煮付け、そして、上寿司盛り合わせ
35Euro)と刺身盛り合わせ(38Euro)を注文した。これを30分で食って出て行
けと言っているのと同じだ。

上寿司は、マグロ、タイ、イカ、ホタテ、甘エビ、サーモン、アナゴ、イクラ、
玉子焼き、細巻き等。鮮度は良さそうで美味しいのですが、上寿司としてはやや
役不足の印象でした。

刺身盛りは全てヨーロッパ産とのこと。マグロ、タコ、甘エビ、サーモン、アジ
のたたき、サバ、イカ。マグロは赤身ながら質が良かった。地中海産でしょう、
もしかしたら畜養マグロかもしれません。

みそ汁(鮭)を最初に持ってこられたのも閉口したが、フランス流?。料理は美
味いのですが、繰り返しになりますが時間制限には閉口した鮨屋でした。パリNo.
1との評判なので、だろうか。もう少しゆっくりと食事ができないとお話も出来
ません。店が客を選んでいる印象です、一見さんでもタイミング次第かも。仕切
り直してもう一度行ってみると印象が変わるかもしれません。

客層は、4分の3が日本人(この日)、特にカウンターは日本人だけでした。常連
なのでしょう、年配のご夫婦他、若い人はいませんでした。

スタッフは若いお兄ちゃん、おじさんがウエイター役、寿司マスター(大将でし
ょう)がカウンター内で料理を一人で作っていました。他に会計役の女性が一人
です。かなり忙しそうでしたね。

メニューは日本語しか見ませんでしたが、フランス語版もあるのかな?飲み物は
日本酒各種、ワイン各種ありました。

支払いは、MasterVISAは可です。

1992年開店、 カウンター6席程度、テーブルは4人掛け4つ程度、2人掛けが4つ程
度。要予約。

勇鮨
4 quai d'Orle'ans 75004 paris
01 40 46 06 97

ぐるなび

この店を選んだ情報源

関連情報
ami.htm

■オペラ座界隈の日本人街

オペラ座とパレロワイヤルの間、通りでいうと以下の地区に日本料理屋をはじめ
とする日本関係のショップが多い、ブックオフもこの地区に店を出している。

以前から聞いていたが、今回、実際に自分の足で歩いてみた。日曜日だったので
店はほとんど閉まっていたが、ブックオフは空いていた。地下鉄駅では3号線、Q
uatre-Septembre駅界隈だ。

パリの日本人街
Rue Opera
Rue du Quatre-Septembre
Rue de Richelieu
Rue des Pettis Champs
(Rue Saint Augustin)

下記住所をgoogle mapで検索すると上記地区が出来てきます。
Rue du Quatre-Septembre, Paris

■パリのホテル-Millennium Opera Paris

2004年、確かダマスカスへ出張するときにパリ経由だった。そのときにこのホテ
ルに宿泊した。

この辺りでは安めのホテル、それでも180Euro(朝食付き)、ギャラリ・ラファ
イエットやオペラ座に近く、パリの中でも観光客の多い地区にある。

今回の部屋は、内側向き(コートヤードではないが中庭的な空間がある。)なの
で窓からの景色がないし、日が部屋に入らずお天気がわからない。この料金でこ
の部屋はいただけない。予約時、若しくは、チェックイン時にリクエストをして
おく必要がある。何も言わないと何も考慮されない。このことをすっかり忘れて
いた。

部屋は狭めだが機能は充実している。デスクあり、テレビは珍しくしょぼい、小
さなブラウン管TVだった。ロビーはWi-Fi完備、部屋ではLAN接続可能。

バスタブはあるが、シャワーとタップ用の切り替えが不良で両方から出る。洗面
台は、角を利用して無理やり取り付けた印象で非常に狭い。クロゼットは入口ド
アの隣、これも無理やり作った印象だ。スペースを有効活用していると言えばそ
うかもしれないが、無理は無理。

湯沸かし器が備え付け、でもコンセントがその場にないのでデスク付近に持って
行く必要がある。

ベッドはかなり大きいので二人でも十分な大きさ、寝心地も良かった。ベッドサ
イドのランプはバルブが切れたまま。

朝食付きにしたのは15ユーロの差しかなかったからだ。その朝食の内容は、三つ
星ホテルのコンチネンタルよりは充実しているが、ブッフェスタイルであるもの
のそれ以上の特色がない。これ以上あっても困るがコーヒーとパン、チーズに
ヨーグルト、そしてフルーツ等があれば私の場合は満足なのだ。

ウエイターのサービスレベルは高いとは言えず、テーブルについてフォーク、ナ
イフ、スプーンを確認する必要がある。そしてウエイターを呼ばないとコーヒー
がサーブされない。サービスレベルは並み以下だ。

この食事の質を見ると三つ星+という印象となります。

日本語のパリ情報誌が置いてあったので日本人客も多いのだろうと思う。

Millennium Hotel Paris Opera

■■後記
辛口である、そう感じたまま、つまり率直な印象なのです。
パリが変わったのか私の印象が変わったのか・・・よくわかりません。

でもパリは魅力ある都市です、また行きます。
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2011年12月12日月曜日

【世界の街角からMM】第129号 メモしておきたいこと 2011年12月12日


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メールマガジン「世界の街角からMM」       第129 20111212
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今回は少し話題を変えて最近気になったことや記憶に留めておきたいことをメモ
しました。

▼目次
■ルーズベルト大統領は対独参戦が目的で日本が米国を攻撃するよう誘導した!
■フランスの新しいホテル格付制度について(2009年)

■■後記
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■ルーズベルト大統領は対独参戦が目的で日本が米国を攻撃するよう誘導した!

以下の2点は推定真実であることがわかってきています。
1.ルーズベルト大統領は、真珠湾攻撃を事前に知っていた。
2.ルーズベルト大統領は、対独戦に参戦するため、日本が米国に攻撃を仕掛け
るよう誘導した

ハーバート・フーバー第31代米大統領(1874~1964年)が、日本軍が
1941年12月8日、米ハワイの真珠湾を攻撃した際の大統領だったフランク
リン・ルーズベルト(第32代、1882~1945年)について、

「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った『狂気の
男』」と批判していたことがわかっています。

歴史認識を正しくし、日本外交を見誤らないよう見守りましょう。

■フランスの新しいホテル格付制度について

数年前になりますが、フランスのホテル格付制度が更新されていたのでメモって
おきます。4つ星、5つ星となるととかくコストが嵩むのは、持てる者の義務を負
っているからなのでしょうか。

フランスのホテル格付け基準は、商業・手工業・中小企業・観光・サービス・消
費担当大臣が発布する法令により定められ、新格付け制度が2009 10 1 日か
ら適用されています。

この格付け制度、1986年に法令で定められ実施されていますが、今回、その星の
名称が若干変更され、これまでの最高ランクだった「4つ星デラックス」から「5
つ星」を最高ランクとしました。

その評価の主な変更点は、

設備に関する評価項目に加え、従業員のサービス、持続可能な発展への取り組み、
最新テクノロジーの利用、ハンディキャップのある方への対応などソフト面での
評価項目が多くなり、項目内容がより細かくなりました。

これまでの評価方法では、各カテゴリー別に設けられた項目をすべてクリアしな
ければなりませんでしたが、新しい評価方法ではポイント取得制にし、施設ごと
の個性を認める余地を残しています。

5 ッ星に求められる基準

シングルで20平米以上、ダブルルームで24平米以上
どの部屋にもインターネットアクセスを完備
レセプションの従業員は外国語を2 カ国語以上話せる
ディナーがホテル内でとれる

4 ツ星デラックスに求められた基準

シングルで14平米以上、ダブルルームで18平米以上
インターネットアクセスは特になし
従業員は英語を含む外国語を2 カ国語以上話せる
ホテル内にレストランを完備する

5 ツ星の申請が認められたホテル(2009 9 24 日現在)

パリ Paris

ル・フーケ・バリエール Le Fouquets .
46, Avenue George V . 75 008 PARIS
Tel: +33 (0)1 40 69 60 00 . Fax : +33 (0)1 40 69 60 05 .

ハイヤット・リージェンシー・パリ・マドレーヌ Hyatt Regency Paris Madelei
ne .
24 Bd Malesherbes . 75 008 PARIS
Tel: +33 (0)1 55 27 12 34 - Fax: +33 (0)1 55 27 12 35

ル・スクエア Le Square .
3, rue de Boulainvilliers . 75016 PARIS
Tel: +33 (0)1 44 14 91 90 . Fax : +33 (0)1 44 14 91 99

ル・ルネサンス・パリ・ヴァンドーム Le Renaissance Paris Vendome .
Tel : +33 (0)1 40 20 20 00 . Fax : +33 (0)1 40 20 20 01
4 Rue du Mont Thabor . 75 001 PARIS

ル・ムーリス Le Meurice -
Tel : +33 (0)1 44 58 10 10 . Fax : +33 (0)1 44 58 10 15
228 rue de Rivoli

リッツ・パリ Ritz Paris .
15 place Vendome . 75 001 PARIS

パーク・ハイヤット・パリ・ヴァンドーム Park Hyatt Paris Vendome .
2 rue de la Paix . 75 002 PARIS

マリオット・シャンゼリゼ Marriott Champs-Elysees .
70 avenue des Champs Elysees . 75 008 PARIS

フランス観光開発機構

パリの新たな五つ星ホテル、リストを凝視したが宿泊したことがあるホテルはな
かった。思いっきり背伸びしてもその下のクラスだったというこだ。

■■後記
パリのホテルは高い、ロンドンもそうなのだが。東京の五つ星クラスを考えた
ら同等なお値段ですね。他方、ドイツは比較的リーズナブル、一極集中していな
いからか?

パリだと三つ星、だいたい100ユーロ程度で朝食付き、Wi-Fi付き、このクラスが
庶民にとっては最も使いやすい。旅行でもビジネスでもだ。

これがウィーンやフランクフルトだと、ホテルのクラスが上がる。

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メールマガジン「世界の街角からMM」第129 20111212
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2011年5月28日土曜日

【世界の街角からMM】第102号 ソフィア・レポート 2011年5月27日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第102号 2011年5月27日
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5月初旬、エレバンとソフィアへ所要で赴いた。そのときのソフィア・レポートで
す。
▼目次
■ウィーン空港がオンラインシステムダウン
■ソフィアに荷物届かず
■EU加盟したブルガリアへ
■ソフィアのホテル
■■後記
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★スライドショー(新緑のソフィア2011年5月)
http://www.flickr.com/photos/yha229/sets/72157626651499651/show/

■ウィーン航空のオンラインシステムダウン
ウィーンに到着し、ソフィアへの乗り継ぎ便のチェックインをしようとオースト
リア航空のカウンターへ行ったらオンラインシステムがダウンしているのでしば
らく待つように指示された。ここで、手書きの搭乗券が発券されたが、乗り継ぎ
便まで4時間ほどあったので空港内のカフェで待つことにした。

手書き搭乗券は席が決まっていないので落ち着かず、何度もカウンターへ確認に
行くもダウンしたまま、そのうちに搭乗時間が来たのでセキュリティチェックへ
進みゲート内で待つことにした。

ゲート内のカウンターで席がどうなるのか確認すると、これまた手動で席番号の
シールを手書きの搭乗券に貼り付けて席が決まった。どうやらダウンしたシステ
ムは直ぐには回復しないようだった。このまま、搭乗となったが手動で搭乗手続
きを行っているので時間がかかり、30分以上出発が遅れた。

この手書き搭乗券、手動での席の指定は、20年以上前にどこか途上国で経験して
からこのようなことはなかったが、正常に機能していた。

■ソフィアに荷物届かず
ウィーンからソフィアへは1時間半のフライト、ソフィア空港はターミナル2に到
着した。ターンテーブル前で待つものの私の荷物が出てこない。ウィーンでス
ルー荷物の確認ができていなかったので若しやとは思っていたが現実となってし
まった。

係員にエレバンでチェックインしたときの荷物タグを見せ、確認を依頼したとこ
ろ、タグに記載されている乗り継ぎ便の便名がウィーンからソフィアへの便名で
はなく、復路のソフィアからウィーンへの便名であることがわかった。

アルメニアではこのような不手際が頻発するので、ウィーンで必ず確認するのだ
が、今回はウィーン空港のオンラインシステムがダウンしていた影響で確認が出
来なかったのだ。何らかの間違いがある場合はこの確認で通常は修正できる。

Lost & Foundの書類に記入し、現在、どこに荷物があるか確認してもらった。そ
したら、案の定、ウィーン空港に留め置きされていた。これを次のフライトでソ
フィアへ送ってもらい、ホテルまで運んでもらうよう手続きして外へ出た。

ソフィア空港ターミナル2はEIBの融資により実施されることを聞いていたが、EU
へ加盟する直前の2006年末にオープンしたようだ。以前のオンボロターミナルか
らみれば格段にサービスレベルが向上した。

■EUに加盟したブルガリア
ここからが本題です。

ソフィアには、雲助タクシーが多いので空港のカウンターを通してタクシーを予
約したほうが良いとソフィア空港のウェブサイトに説明があった。到着後、カウ
ンターへ行くと2社あり、OKタクシーを予約、国会の前にあるホテルまでは8レバ
(USD=1.33レバ)とリーズナブルであった。ちょっと驚き。

20分程度でホテルに着いた。

この季節、ソフィアの街路樹に多いマロニエの花が咲き、そよ風に揺れる新緑が
爽やかでした。

1996-97年にここで仕事をしていた時と比較すると表面的ではあるがかなり状況
が回復しているような印象を受けた。

それは通貨が安定(カレンシーボードの導入による通貨管理、インフレ抑制な
ど)し、公共・民間投資がある程度進捗しているとの印象を持ったからであろう。
かつてマフィアが経済を牛耳っていたが今回はそこまでは聞けなかった。

ブルガリアは、2007年1月にルーマニアと同時にEU加盟している。かなり背伸び
して加盟したような印象が残る、加盟したことにより多くの技術者が他のEU諸国
へ流出していることは否めない。私の友人も現在ベルギーで働いている。

円借款が一部供与されているソフィア地下鉄も2009年に開業(一路線だけ)、新
築・改装したビルが目立ち、ホテルが増え、米国系ファーストフードが増えた、
マクドナルド、当時は1店だけ、カフェやレストランも増えた、かなり西ヨーロ
ッパナイズされた印象だ。ヴィトーシャ通りは歩行者専用になり、西ヨーロッパ
と変わらないブランドのショップが目に付いたがその数は多くはない。

1990年代は査証が必要であり、空港でも取れたがUSD96支払う必要があった。その
後、日本国籍は査証免除になった記憶だが定かではない、今はEUに加盟したこと
で日本国籍所有者は査証免除である。

1996/97年は最悪の経済状況でありハイパーインフレの結果、カレンシーボードが
導入されドイツマルクに固定された。そして、デノミが実施され、新通貨である
新レフ(BGN)が導入された、これが98年であろうか。

変わらないこともある、旧市街の古い建物はそのまま(朽ちたまま)、老人の物
貰いの多さ。トラムやバスは当時の車輌を維持管理してなんとか使っているよう
だ。

今回の滞在目的は数日なのでソフィア以外へは足を延ばしていない、ブルガリア
の魅力は地方だろう。また訪れたい国だ。

▼ソフィア空港改修プロジェクト
2006年8月に新滑走路がオープン、遅れて新ターミナルが2006年12月にオープンし
た。総事業費200 mil. EURのソフィア空港リコンストラクション・プロジェクト
は新旅客ターミナル及び第2滑走路の建設から構成され、1997-98年に融資が決ま
った、その内訳は、EIB (60 mil.EUR), Kuwait Fund (41.5 mil. EUR(12.3 mil.
Dinar), EU PHARE (7.6 mil.EUR)を融資、ISPA (Instrument for Structural
Policies for Pre-Accession)が50 mil.EURを無償供与した。

新ターミナルの建設はオーストリア企業のドイツ支社Strabagが受注、第2滑走路
の建設はクウェート企業であるMohamed Abdulmohsin al-Kharafi & SonsとUAE企
業であるAdmak General Contracting Companyのコンソーシアムが受注した。

ソフィア空港
http://www.sofia-airport.bg/default.aspx

▼ソフィアの地下鉄
中心部の地下部に円借款が供与されている。
http://www.jica.go.jp/press/archives/jbic/autocontents/japanese/news/2002
/000015/appendix.html

1997年当時、地下鉄は建設中だった。3路線計画され、1号線から着工された。200
9年9月時点で14駅、総延長18kmが開通している。

日本政府は「ソフィア地下鉄拡張計画」として128億9,400万円を限度とする円借
款をブルガリア政府へ供与、L/Aが2002年2月4日に結ばれている。

地下鉄自体は1960年代から計画があったが共産主義時代には建設に至らず、1998
年1月になってやっと6.5km、スリヴニツァ大通りからリューリンを通ってコンス
タンティン・ヴェリチコフ駅へいたる5駅の区間が開通した。

拡張事業は、1号線の新規建設区間(第7-第16駅区間、約11.1km)の建設によって、
市中心部を貫通の上、東側住宅地まで延長するものである。円借款対象事業区間
はソフィア市が経験の無いシールド工法を含む施工を必要とする第7駅から第9駅
までの約2.1kmの区間である。施工は大成建設が請け負った。

隣国、ルーマニアの「ブカレスト国際空港アクセス鉄道建設事業」に418.7億円の
円借款を昨年(2010年3月10日)調印している、東欧ではブルガリアのソフィアに
次ぐ都市交通への融資となっている。
http://www.jica.go.jp/press/2009/20100311_01.html

両プロジェクトとも、最後の円借款案件であろう。

ソフィア地下鉄
http://www.metropolitan.bg/bg/

■ソフィアのホテル
思いで深いのは通称ビトーシャホテル、今はケンピンスキー・ザグロフスキーと
グロリア・パレスホテルだ。両方とも1996/97年に宿泊していた。今回、ケンピン
スキー・ザグロフスキーへ予約しようとウェブを確認したが満室、あれほどの部
屋数があり予約が入らないということは考えられないのだが。

当時、VISAカード取り扱い銀行が破綻して、キャッシュの持ち合わせがなくケン
ピンスキー・ザグロフスキーから廉価なグロリア・パレスホテルへ移ったがこち
らも顕在だった。

今回は、国会の前、ネフスキー寺院に近いRaddison Blu Grand Hotel Sofiaにし
た。当時はGrand Hotel Sofia、改装され10年前からRaddisonとなっている。

その他、ソフィアには改装したホテルや新たに開業したホテルが目立った。特筆
すべきは、中で、NDK近くの公園内に世銀の融資によりオープンしたヒルトンホテ
ルである。

宿泊料金は供給が増えたからなのだろう、高級ホテルは比較的安めで安定してい
るが、ウィーンと比較すると中級ホテルではあまり変わらない料金設定となって
いる。

▼Kempinski Hotel Zografski
最初は、ホテルビトーシャ・ザ・ニューオータニ(Vitosha New Otani)という名
称だった(1979年)。客室数442室、21階建て。黒川紀章氏の設計。私がチェック
インしたときの名称はインターコンチネンタルホテルだったが、途中でこの名前
になった。ブルガリアからの移民でドイツで成功した企業家ザグロフスキー氏が
買収したからだ。

このホテル事業には、日本政府が日本輸出入銀行を通して融資している。当時の
社会党幹部が関係していたのではないだろうか。

Kempinski Hotel Zografski
http://www.kempinski.com/en/sofia/Pages/Welcome.aspx

Gloria Palace Hotel
http://www.gloriapalacehotel.bg/

Raddison Blu Grand Hotel Sofia
http://www.radissonblu.com/hotel-sofia

■■後記
トラブルは出張には付き物だが、ウィーン空港のオンラインシステムダウンは想
定外だった。しかし、時間が掛かるものの手動でも問題なく手続きできるものだ
と関心した。

ブルガリアは既にEU加盟国、されど、経済状態は90年代よりはかなり改善されて
いるものの町の様子を見る限りではまだまだ低迷しているのではと思われた。

ソフィア地下鉄が円借款最後の案件になったようだが、資金需要はまだまだある
のではないだろうか、しかし、円借款供与の説明が付かないのだろう。というこ
とは、国際協力銀行の出番となるのか。今後も南東ヨーロッパ地域、継続して関
係を維持していくことが重要では。そのツールとして政策融資というのもありで
はないだろうか。

既に韓国がこの地域、積極的に活動している。日本の市場拡大などを考慮しても
十分に妥当性が見出せると考えるのは無理があるのだろうか。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第102号 2011年5月27日
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2010年8月29日日曜日

「世界の街角からMM」第67号世界ビジネスホテルランキング、2010年航空会社ランキング 2010年8月29日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第67号 2010年8月29日
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今回はワールド・レポート1です。
▼目次
■世界のビジネスホテルランキング
■2010年航空会社ランキング
■■後記
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■世界のビジネスホテルランキング2010年
旅行誌「Travel + Leisure」が選んだ世界のビジネスホテルTOP20という記事が目
に入ったのでアクセスしてみた。ほとんど縁が無い都市とホテルであり、私のビ
ジネスの世界がこの雑誌の結果とはまったく異なることを認識したランキングだ
った。だがなぜヨーロッパのホテルがランクされていないのだろうか?

  1.パラシオドゥオ・パークハイアット、ブエノスアイレス
2.シャングリ・ラ ファーイースタンプラザホテル、台北
3.セントレジス、上海
4.フィフティーン・ビーコン、ボストン
5.フォーシーズンズホテル、香港
6.ザ・ロンドン、ウェストハリウッド
7.エリオットホテル、ボストン
8.ローズウッドマンション・オン・タートルクリーク、ダラス
9.ソフィテル上海ジンジャンオリエンタル浦東、上海
10.マンダリンオリエンタル、香港
11.ザ・ペニンシュラ、香港
12.浦東シャングリ・ラ、上海  
13.オムニマンダレーホテル・アット・ラス・コリナス、ダラス
14.インターコンチネンタル バックヘッド、アトランタ
15.セントレジス、北京
16.ザ・ペニンシュラ、ビバリーヒルズ
17.マンダリンオリエンタル、ニューヨーク
18.コンラッド・センテニアル、シンガポール
19.フォーシーズンズホテル、ブエノスアイレス
20.ザ・リッツ・カールトン セントラルパーク、ニューヨーク
http://www.travelandleisure.com/worldsbest

■2010年航空会社ランキング
前述、旅行誌「Travel + Leisure」が選んだ航空会社ランキング。堂々と韓国系2
社、アシアナ航空が6位、大韓航空が10位にランクされている。

Rank       '09       Name       Score
1     1     Singapore Airlines     91.49
2     3     Emirates         87.07
3     2     Qatar Airways         86.49
4     5     Virgin Atlantic Airways 85.57
5     7     Cathay Pacific         85.49
6     10     Asiana Airlines     84.93
7     9     Air New Zealand     83.41
8     8     Thai Airways International     83.36
9     -     Eva Air         83.31
10     -     Korean Air         83.03
http://www.travelandleisure.com/worldsbest/2010/air-cruise-more/international-airline/29

昨年、アシアナ航空に何度か搭乗したがANA並みのサービスレベルではないだろう
か。この会社のランキングだと6位だが、Skytrax社の航空会社2010年ランキング
では第1位の栄冠に輝いている。
http://www.worldairlineawards.com/

アシアナ航空はThe 2010 World Airline Awardsという賞を授与された。ちなみに
10位までは以下のとおり。
1. Asiana Airlines
2. Singapore Airlines
3. Qatar Airways
4. Cathay Pacific
5. Air New Zealand
6. Etihad Airways
7. Qantas Airways
8. Emirates
9. Thai Airways
10. Malaysia Airlines

■■後記
これらはかなり恣意的かもしれないが栄誉には違いない。だが見せ掛けではなく
本質的にサービスレベルの向上がビジネスの永続性に繋がる。この点をアルメニ
アのビジネスは学ぶ必要がアル。
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2010年6月25日金曜日

世界の街角からMM 第57号 25年ぶりのコスモスホテル、対独戦勝記念日「赤の広場」ビデオ、シェレメツェボでターミナル変更 2010年6月25日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第57号 2010年6月25日
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5月初旬にエレバンからモスクワへ行った時のメモ、これまでもモスクワについて
はメモしているのでモスクワ・レポート7になります。

▼目次
■25年ぶりのコスモスホテル
■日本便、シェレメツェボ空港の発着ターミナル変更
■対独戦勝記念日「赤の広場」ビデオ
■■後記
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■25年ぶりのコスモスホテル
モスクワの1時方向にVDNKhという全ソヴィエト博覧会場があり、その前にコスモ
スホテルというモスクワオリンピック(1980年)に合わせて建設されホテルがある。

今回の宿は、そのコスモスホテルだ。1985年にソ連時代のモスクワを訪れたとき
に宿泊した。ソ連崩壊後も当時と同じ名称でそのホテルが運営されていることは
ウェブを通して知っていたのでどんな状況なのかと思い興味津々であった。

ホテルはほとんど当時のままなので世界遺産に登録できるのでは思う。それほど
ソ連時代の印象を色濃く残している、ソ連が崩壊して20年近くも経っているのだ。
(ドゥシャンベのタジキスタンホテルもそうだった。)まあ、ロビーに店が増え
て少しごちゃごちゃした印象だ、それに、中華料理の看板は邪魔だな。

ホテルの部屋からの風景、ホテルの前にフライオーバーが出来たこととモノレー
ルが走るようになったのでちょっと視界を遮るが、基本的に当時と変わらない。
VDNKhの門、これは凱旋門のような建物、それから宇宙飛行士博物館なのか記念碑
なのか正式名称を失念したが、天に向かうようなデザインなので記憶に残りやす
い。

VDNKhの奥には15の噴水があり、当時、好意で案内してくれたインツーリストのマ
リナにソヴィエトは15共和国から構成されると教えられた噴水だ。そんな記憶を
辿るような窓からの変わらないモスクワを眺めた。

部屋の内装も家具も当時のまま、色が褪せたりしているが変わらないところがロ
シアなのかと納得。ベッドの横のチェアは当時も今も座り心地はとてもよく、機
能的に変わらない、ただ当時はまだ真新しかったが。各階に鍵を管理する小母さ
んがいたが現在は廃止され、レセプションでもらう、鍵はマニュアルキーから電
子キーになっていた。

ロビーの横にカフェがあり、夜遅くその前を歩いていると一人のロシア娘が話し
かけてきた、それも偉そうにだ。

Do you speak English?

そして次の言葉は
Do you like Russian girls? It is $220!

当時はもう少しセンスのある話しかけ方をしていたと思うが、ホテルの質がそう
なったのだろうか、それになぜ$220という端数なのかよくわからなかった。ソ連
時代は外国人が宿泊できるホテルが限られており、その中のひとつがこのコスモ
スホテルだった。選択肢も多くなく、宿泊者は泊めてもらうという感じでイン
ツーリストのアレンジに従うしかなかった。

今時の予約はオンラインで簡単に出来る。興味のある方は下記サイトどうぞご覧
下さい。

http://www.hotelcosmos.ru/ehome.html

■日本便、シェレメツェボ空港の発着ターミナル変更
2010年3月29日(SU575/576便)より、モスクワ・シェレメツェボ空港における東京線
の利用ターミナルが「ターミナルD」へ変更されています。

というアエロフロートのお知らせがありました。

シェレメツェボ空港、さてターミナルはいくつあるかというと
1.シェレメツェボ1(B)
2.シェレメツェボ2(F)
3.ターミナルC
4.ターミナルD
5.ターミナルE
6.ターミナルA(予定)

ターミナル変更のスケジュールを見るとほとんどのフライトがDへ移転しているの
でターミナルFは改装工事でもするのだろうな。

アエロフロート日本支社のサイトではシェレメツェボは「チェレメチェヴォ」と
表記されていた。どっちが正しいのだろうか・・・。

ターミナルDへ変更されたフライト
http://wwww.aeroflot.ru/templates/before_and_after_fly_en/terminal-d.html

ターミナル変更は以下に説明があります。
http://japan.aeroflot.aero/document.asp?ob_no=1594

Dの位置はこちら。
第一ターミナルは2010年夏以降「ターミナルB」へ名称変更し、ターミナルC及び
ターミナルDの名称はそのまま。2010年上半期にターミナルEが、更にターミナルA
(オープン時期未定)がオープン予定です。
http://japan.aeroflot.aero/document.asp?ob_no=1590

■対独戦勝記念65周年パレード、ビデオ
The Voice of Russia(Video)
http://japanese.ruvr.ru/2010/05/12/7711012.html

■■後記
ちょっとしたノスタルジー的な宿泊体験のコスモスホテル、是非とも余分なサイ
ンを取り払って当時のまま維持してほしいと個人的には考えている。インツーリ
ストの所有だろうと思うが、どうでしょうか?
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2009年12月26日土曜日

世界の街角からMM 第43号モスクワ・レポート2 2009年12月13日 

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第43号 2009年12月13日
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11月21日から24日にかけてモスクワへプチ旅行を挙行した。新生ロシアの首都モ
スクワを垣間見たモスクワ・レポート2です。
▼目次
■モスクワのホテル
■赤の広場とGUM
■Ul.Tverskaya ツベルスカヤ通り
■モスクワのマクドナルド
■日本食レストランの現実その1
■■編集後記
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■モスクワのホテル
シェレメツェボ空港からベラルーシ駅までAeroexpressで、そこから地下鉄で移動
した。土曜日早朝にもかかわらず、かなりの乗客だ。ベラルーシ地下鉄駅から一
度乗り換え、Vladkinoへ、駅は住宅街の中、鉄道の環状線に隣接している。丸い
駅舎が特徴的、こういうデザインはソヴィエト的だな。直ぐ隣が植物園なのだが
どこが入り口かよくわからないほど広大そうだ。
(地下鉄:Belorruskaya-Novoslobodskaya/Mendeleyevskaya-Vladkino)

地図を見ながら住宅街を抜け、放射大通り(Altufyevskoye Shosse)を渡り、Riga
シネマ(ソヴィエト建築)を左にそして右に回ると1ブロック先にあるZaryaとい
うサインが見えた、そこがホテルだ。ホテルの前は並木道で夏だったらどんなに
すばらしいだろう。この地区、大通り沿いにAltai Hotelのサインが見えたが他に
もホテルがいくつか立地している。

モスクワでのホテルは、タシケントの旅行会社へ問い合わせたところ、かなり高
い料金が提示され、そんなに高いわけがないだろうとwebで宿泊料金を確認したと
ころ、旅行予定の日付だと51Euroというかなりリーズナブルなオファーが表示さ
れ、旅行会社は切り捨てて(約2倍の提示だった。)、メールを送り予約状況を
確認し、併せて査証取得サービス(R750)を確認した。11月下旬はオフなので最安
値圏、エキジビション等があると安い部屋から埋まっていくため予約が取りにく
くなるがそれでもオフシーズンだ。200室程度あるホテルなので楽観的ではあった。

ホテルは、下記のホテルでモスクワ市内に4ホテルある。地下鉄、Vladkino駅から
500m、モスクワの北部、直線距離ではシェレメツェボ空港にも比較的近い。

Maxima Hotel Zarya
http://www.maximahotels.com/zarya.htm

■赤の広場(個人的に感動)
ホテルにチェックイン後、朝食を軽く取りながら散策会議をロビーのカフェで行
い、先ずは、赤の広場へ行こうと事前打合せのとおり移動を開始する。
(地下鉄:Vladkino-Chekhovskaya/Tverskaya-Teatralnaya)

Chekhovskaya/Tverskayaで乗り換え、一つ目の駅Teatralnayaで降りる、この駅は
ボリショイ劇場の前に位置する。小雨が降る気温2-3度のお天気ながら、そこ
から人の流れが自然と赤の広場へ向かっていたので特に迷うことなく流れに乗っ
て辿り着いた。1985年のときもそうだろうな、ホテルで行き方を聞いて地下鉄に
乗った。

◆赤の広場回想
赤の広場、個人的には感慨深い。20数年前、この広場を訪れたからだ。季節が違
えどその時間経過の中での変化を思うとただただ佇んでいたいと思ったが、現実
は寒い。

「1985年7月9日、爽やかな夏の日、モスクワの赤の広場に立った。今も記憶は鮮
明だ。前日の夕方、ナホトカ航路シベリア鉄道でユーラシア大陸を横断し、モス
クワに到着したばかりで勇んで宿泊していたBDNKhのコスモスホテルから地下鉄で
赤の広場まで行った。」

赤の広場は長方形で7.3haある。短辺のツベルスカヤ通り側に歴史博物館、その対
面、モスクワ川側に聖ワシリー寺院、長辺はクレムリンとGUMである。そしてクレ
ムリン側中央にレーニン廟がある。広場は石畳で緩やかにモスクワ側に向かって
傾斜している。子供のころブレジネフ書記長が中央に立ち軍事パレード(5月1日の
メーデーと11月7日の革命記念日)が行われている様子はTVで見た記憶があるが今
は昔だ。

結婚式を挙げたカップルが結婚登録(挙式)後に記念撮影のため訪れる定番地で
あり、小雨の降るお天気ながら数組のカップを見かけたことはソヴィエト時代と
変わっていない行事のようだ。

*事件簿****************************************************************
1987年5月28日に西ドイツの青年マチアス・ルスト(当時19歳)の操縦するセスナ
機がヘルシンキから飛び立ち、赤の広場に強行着陸する事件が起きた。ルストは
自由剥奪4年の実刑判決を受けるが翌年国外退去処分となる。小型機の侵入を防げ
なかったことでソ連軍は防空体制の甘さを糾弾され、セルゲイ・ソコロフ国防相
はじめ防空軍総司令官らが更迭された。この事件は、当時のゴルバチョフ政権に
とっては改革に反対する軍部の保守強硬派幹部を更迭する理由として、むしろプ
ラスに働いた。(wiki)
******************************************************************

ちなみにクレムリンと赤の広場は世界遺産に登録されている(1991年)。

山本寛齋(1993年)やポール・マッカートニー(2003年)がここでイベントを開
催、旭硝子のCMにも赤の広場が使われている。AGC、AGCと連呼するマトリョーシ
カは印象に残っている。

◆レーニン廟
今回も時間なくパス。設計者であるAlexey Shchusevはウズベキスタンの首都タシ
ケントにあるナボイ劇場の設計者でもある。ナボイ劇場は第二次世界大戦後、日
本人抑留者が建設に従事した代表的な建築である。

◆クレムリン
クレムリンというのは城塞を意味するロシア語であり、帝政ロシア時代、ソヴィ
エト時代を通して政府中枢がこの城塞内にあった。現在はロシア連邦の大統領官
邸と大統領府が置かれている。

クレムリン宮殿内に武器庫があり兵器の展示と合わせて美術工芸品や貴金属類が
展示されている。明治天皇がニコライII世の戴冠式に贈った象牙の鷲と刺繍入り
の屏風も所蔵されている。

クレムリンの尖塔にはロシア国旗が掲揚されていたことが前回と大きく異なる点
だった。今回も中には入らず仕舞い。

■GUM
GUMは、ロシア語のState Department Storeの略である。赤の広場の長辺に沿って
クレムリンと対峙する位置に19世紀末に建設された細長い建物巨大な建物だ。3階
建て、3列のアーケードから構成されている。天窓があり照明を取り込む構造とな
っている。ヨーロッパでもこのような規模の歴史的な商業施設は記憶にない。

1985年にモスクワに来た時はこの建物が何なのかわからなかったが、堂々と赤の
広場に面しているので不思議に思っていた。それで人の流れを良く見ていたらか
なりの人がこの建物に吸い込まれていくのでその流れに乗ってみたらアーケード
だった経緯がある。建物は同じだがテナントは当時の面影はない。当然のことだ
が。

現在のテナントは高級ブティックやインターナショナルブランドのショップが多
く、ショーウインドウの性格が強いのでは。

Red Square tel. (+7) 495 788 43 43 Open 10:00 - 22:00.
Metro station: Pl. Revolutsy

http://www.gum.ru/en/

■Ul.Tverskaya ツヴェルスカヤ通り
東京で言えば銀座だろうと聞いたツベルスカヤ通りだが、青山辺りを一緒にした
ような印象だった。

道路復員が広く反対側とのリンクはあまり感じられず、片側ごとに完結している
ような印象だった。あまり時間なく本屋とレストランに立ち寄った程度、時間も
遅く直ぐに暗くなってしまった。

オポトニリャト駅からプーシキンスカヤ駅までも歩いていないので出直し対象だ
な。

■モスクワのマクドナルド
ツヴェルスカヤ通りでPCショップを探しているときに「M」のサインが視野に入っ
たので入ってみた。盛況、盛況、席がない。暫く待ったら4人席が空いた。ほっと
一息、ビックマックバリューセットを注文、R.137だったか、日本より若干安めだ
ろう、ボリュームはドリンクとフレンチフライの量が多いのでこちらのがある。

場所:
http://maps.google.co.jp/maps?q=moscow+mcdonalds&gl=jp&hl=ja&cd=1&ei=6OEk
S9XPMOG8jAfSo9n7DQ&sig2=Lh3yhcyEf7dgQssNPQW3VA&sll=55.758946,37.610543&ss
pn=0.006295,0.006295&brcurrent=3,0x0:0x0,0&ie=UTF8&view=map&cid=378506336
1235450874&ved=0CBAQpQY&hq=moscow+mcdonalds&hnear=&ll=55.75965,37.610536&
spn=0.008222,0.016029&z=16&iwloc=A

ツヴェルスカヤ通りをもう少し北へ行ったプーシキンスカヤにあるマクドナルド
は一日3万人が利用する世界でも最大の売り上げを誇るようである。
http://www.mcdonalds.ru/

■日本食レストランの現実その1
夕飯はこの辺りで食べようということになり、さて、どこへ行くべきか、安易に
地球の歩き方に掲載されているツベルスカヤ通りの和食レストラン「銀の瀧」に
行くことにした。

ちょっと油断をするとこういうことになるという例がこの選択だ。新しい都市で
はその土地に暮らしている人の意見や英語のガイドブックを調べるのだが、今回
は安易に決めてしまった。

ロシア人の目線だとこの店の出す食事が日本食なのだろうが日本人の目からする
と完全に擬似日本食、しかも料理が冷めていた。かなり遠い遠い日本食なので期
待しなければ、若しくは、巻物程度ならば、クリエイティブなメニューが多い、
納得ができるかもしれない。

しかし、この内容でかなり客が入っていることから、これが日本食と受け取られ
ているのだろう。ウエイトレスの数が少なくサービスレベルは非常に低い。クレ
ジットカードの支払いができるとの説明だったが結果できなかった。私からはお
薦めできない店だ。

web情報(2002年)からこの店は「養老乃瀧」が経営指導したとのことだが既に指
導は終了したのだろう、この質からはそう感じた。
http://www.gin-notaki.ru/
http://www.dostavkasushi.ru/

■■編集後記
ツヴェルスカヤ通りはもっと時間を取って散策すべきでしたね。それから、日本
食の普及度には驚いたが質の維持が課題だろう。

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メールマガジン「世界の街角からMM」第43号 2009年12月13日
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2009年3月31日火曜日

【世界の街角から】アシガバート(トルクメニスタン)1 第18号 2009年3月30日

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メールマガジン「世界の街角から」          第18号 2009年3月30日
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今号はアシガバート(トルクメニスタン)滞在のレポート(1)です。

出張先の都市より人や街、生活のこと、耳にしたこと、肌で感じたこと、美しい
もの、旨いもの、ちょっと硬い言葉で言えば社会経済情勢かな、等、気ままなレ
ポート等をお届けしています。
▼今号の目次はこちらです。
アシガバート(1)
■トルクメニスタンへのルート
■トルクメニスタンへの入国
■アシガバートのホテル
■アシガバートのレストラン
■アシガバートの町の様子
アシガバート(2)
■アシガバートのショッピング
■トルクメニスタンのインターネット事情
■トルクメニスタンガイドブック
■トルクメニスタンの旅行会社と旅行記
■アシガバート国際空港からの出国
■■編集後記
バックナンバー: http://archive.mag2.com/0000283202/index.html
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■トルクメニスタンへのルート
空路の場合、国際空港はアシガバートだけだろうからここが玄関になる。私の場
合、イスタンブル経由でアシガバートへ到着した。イスタンブル-アシガバート
は毎日トルコ航空により運行されている。フランクフルト-アシガバート(ルフ
トハンザ航空)は週4便、その他、バンコク、北京、デリー、ドバイ、
Moscow-Domodedovo等(トルクメニスタン航空)、モスクワ(トルクメニスタン航
空及びS7(シベリア航空)、タシケント(ウズベキスタン航空、週1便)等が運
行されている。

http://www.turkmenistanairlines.com/

http://www.thy.com/en-INT/

http://www.s7.ru/en/index.html

■トルクメニスタンへの入国
早朝、5時50分にアシガバート空港へ到着、合流する人が事前にCIPを申し込んで
おいたのでそれに従う。CIP待合室でパスポートとLOIを係員に渡し、待つことに
なったが、待てども待てどもなかなか入国審査が進まない。1時間半近く待たされ
やっとパスポートを持った係員が現われ、VISA代の支払いだ。

CIP: Commercially Important Person
LOI: Letter of Invitation

95米ドル(VISA)+2米ドル(領収書)=97米ドルを窓口で現金で支払い、それか
ら、入国審査だ。そして、荷物の受け取り。CIPだと荷物まで持ってきてくれ、お
茶まででるがどれほどの効果があるのか(こちらのが早いのかどうか)まったく
不明だ。CIP料金30米ドル也。

アシガバート空港施設は比較的建築年が浅いが、飛行機から直接ターミナルへ接
続するボーディング・ブリッジはない。

ホテルまでの移動は事前に予約していた車が迎えに来たので料金は不明だが、タ
クシーは安いとのこと。

■アシガバートのホテル
Nissa Hotelに宿泊、一泊65米ドル朝食別(3ドル)。部屋はツインが基本で広め、
テーブルが窓側にある。小さいがベランダが付いている。比較的清潔感のある部
屋とバスルーム、バスタブあり。

セントラルヒーティングと思ったが暖房はヒーターパネルを開けないとオンにな
らない。それに気づかず二晩も寒い思いをした。廊下のほうが暖かかったのだ。

ホテルの場所は中心街の外れだろう、交差点の角に立地している。ホテルの目の
前は真新しい建物、大学だという。周囲には商業施設はない。

レセプションはソヴィエト時代を思い起こさせるサービスレベル。ほとんどがロ
シア人だ。

土産物屋にトルクメニスタンとアシガバートの地図が売っている。それぞれ8 New
Manat。内容は、特にアシガバートのは限定的だ。

宿泊料金はクレジットカードで支払いが可能であり、AMEXとVISAのみ対応してい
る。手数料5%が課せられる。

Atabayev kocesi 18, Town centre
Ashghabat, Turkmenistan
35220 48 87 00/1/2/3/4

▼その他のホテル
http://hotels.lonelyplanet.com/hotel/?RegionId=2376

■アシガバートのレストラン
3箇所のレストランで食事をした。サンプルは少ない。
1)Yinpas(トルコ系スーパーマーケット)内のレストラン
トルコ系の料理だろう、スープとサラダで11New Manatだった。両方ともトルコで
の味と変わらない。
Turkmenbashi sayoli 54

2)HotelNissa内にあるイタリアン人経営のイタリアンレストラン
こんなところでイタリアンと思ったが美味しいとの評判だった。ランチ、ディ
ナーとも当日のメニューがある。それぞれ、25及び32New Manatだった。味はしっ
かりしている。普通に食べて10-15ドルだろう。酒代は別。ビールはトルコの
Efesとロシアのバルチカ、ワインはイタリアンのみ(それなりの値段)。宿泊し
ていたホテル内だったので何度か通った。

隣にバーがある。Efes 13 New Manat。23時以降、夜の蝶が飛び始める。

Hotel Nissa, Atabayev kocesi 18,
Tel.22 11 35

3)パイタクト
日本大使館のあるビル12階にあるロシア料理レストラン。料理は美味しい。アミ
ューズメントパークのような新市街地の夜景が見られる。

▼その他のレストラン
http://www.lonelyplanet.com/turkmenistan/ashgabat/restaurants

■アシガバートの町の様子
多忙なスケジュールだったので建物内にいる時間は長かったが、町の様子を見る
時間は車で移動しているときに限られた。よって、自分の足で歩いていないので
どこを移動しているのかなかなか掴めなかった。未だに地図が頭に入っていない。
よって五月雨的に目にしたこと、以下の通りです。

1)全国で約500万人、首都人口が70万人程度なので地方都市のイメージだが、新
しい建物、建設中の建物が多い。中心部の住宅は3階建てが多く、低密度だ。1948
年の地震により、町が崩壊したので現在の町はそれ以降の建設だ。

2)独立後、多くの建物が建て替えられたり、既存市街地の周辺に新築された。
新築されたビルは装飾照明が多く、夜間はアミューズメントパークの中にいるよ
うな感じ、建設工事用のクレーンまで装飾照明が施されている。

3)新規に建設された道路は既存の放射状道路の延長にあり、幅員広く直線が多
い、したがってこの町の特徴となっている。そのところどころに広大な公園があ
り、モニュメント、公共施設が配置されている。車がないと移動は困難だ。

4)ホテルのベランダから頂に雪を冠した山が見え、その手前に高層の新市街地
が広がっている。こんなに広い土地があるのだから高層にする必要は無いと思う
が。アシガバートに近いこの山(Kopet Dag)を越えるとイランだ。

5)アシガバートの交通はバス、トロリーバスが主体だ。トラムなど軌道系はな
い。

6)町の中の看板や標識などはロシア語は少なくトルクメン語が主であった。ト
ルクメン語はトルコ語とよく似ており、アルファベットも同じ、それだけ見てい
るとトルコに居るような印象だ。

7)どこへいっても新しいビルが多い。そして、エレベータは例外なく三菱電機
製だった。その多くはトルコ系建設会社、政府系は仏系建設会社ビュイックだと
聞いた。

8)政府にはトルクメニスタン人ばかりだが、ホテルはロシア人ばかりだった。
データがやや古いが1995年の民族構成はトルクメン77%、ウズベク9.2%、ロシア
6.7%(ソヴィエト末期の1989年には9.5%)

9)政府で働く女性は国民ドレスと言われる踝までのドレスを着ることが義務付
けられている。会議中、お茶を運んでくるの人はみな国民ドレスを着ていた。

10)市内を走っている自動車はトヨタなど日本製が多いし、中古車とて質が高
い。ドバイ経由の輸入車が多いとのこと。

11)補助金が支出されているので生活必需品の価格は安く抑えられている。

◆為替レート
USD1=2.85 New Manat
http://www.tfeb.gov.tm/eng/index.html

■■編集後記
初めてのトルクメニスタン、初めてのアシガバート、数日の滞在だったので実感
がないが、通信を除いて悪くはなさそうな印象だが、これは次回行くときに検証
されるものと思う。

引き続き、私の視点でトピックを提供できればと思っています。
ご意見・ご感想はお気軽にご連絡下さい。
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メールマガジン「世界の街角から」第18号 2009年3月30日
発行責任者:飯尾彰敏
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2009年2月22日日曜日

【世界の街角から】 タシュケント再び、他 第2号 2009年2月21日

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メールマガジン「世界の街角から」
===================================================第2号 2009年2月21日
はじめまして、発行人の飯尾彰敏です。
出張先の都市より人や街、生活のこと、肌で感じたこと、美しいもの、旨いもの、
ちょっと硬い言葉で言えば社会経済情勢かな、等、気ままなレポート等をお届けし
ています。
今は中央アジアに滞在していますのでこの近辺のトピックになります。
▼第2号の目次はこちらです。
■大陸の明かり-インチョン-タシケント便
■販売中止となったポラロイド社スペクトラ・フィルム
■タシケントのホテル-値上げ
■■編集後記
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■大陸の明かり
インチョンから飛び立ったアシアナ航空OZ573便、A330-200は北西方向へ進路を決め、
右手に大連、左手に青島を結ぶラインの中間を目指してにポジジョンをとり黄海を
横断し前方の天津を目指す。そして、北京上空を迂回し、さらに大陸を横断するよ
うに奥地の北西方向へ飛ぶ。

フライト時間は7時間50分が予定されていた。インチョン空港が17時20分に発ち、21
時10分にタシケントへ到着する行程だ。夕方出発なので窓の外は闇の世界、特にこ
の日は曇天でインチョン周辺も島が若干見えた意外は霞んで雲以外見る対象が無か
った。

予断だが、席はガラガラ、旅行代理店の話だとシートの予約がリクエストしか入ら
ないというので混んでいるのかと思ったが、その逆なので予約が入らないのはまっ
たく意味不明だった。カウンターで聞いたところ、アシアナ航空へ直接連絡すれば
予約できるとのこと。

タシケント到着、1時間半くらい前だろうか、スクリーンのフライト状況を見るとYi
ningの南、タクラマカン砂漠上空であろうと思われるポジションを映し出している。
窓の外を見たら暗闇の中に2箇所(進行方向右側)街の明かりが見えた。

スクリーンではこれ以上詳細が表示されないので、機内誌のフライトルートマップ
をめくるも日本航空のような比較的航路に忠実なマップではない。よってはっきり
しないが、機体はタクラマカン砂漠上空を航行しているので新彊ウイグル地区の都
市だろうかと勝手に想像した。

大陸の街の明かりは、20数年前にアテネから南回りの日本航空で帰国するときアラ
ビア半島上空で窓の外から見えた鮮明な街の明かりを思い出させた。

■販売中止となったポラロイド社スペクトラ・フィルム

出張準備で渋谷ビックカメラのフィルムコーナーへ立ち寄ったら生産中止されたス
ペクトラ用のフィルムがまだ売っていた。今はもう商品の数が少なくなったが、そ
れでも10パッケージ以上は陳列されていた。

これは買わないとと思い3本セットのパッケージ、5980円、を購入、一枚当たりの単
価を計算したらなんと200円ではないか、これでは、デジカメとは競えませんね。

家に戻って早速もう何年も使っていないポラロイド社のスペクトラを押入れの奥か
ら持ち出し、フィルムを充填、我が家の住人、子犬だが、をモデルに試し撮り、な
かなか静止していてくれませんが何とか撮影に成功。

ポラロイドカメラのシャッターを押すと、カシャ、キーといって本体前から写真が
出てくる。しかし、このときはまだ真っ白、しばらくすると画像が浮き出てくる。
味わいがありますね。でも世代が変わると「ポラロイドって何ですか?」というこ
とになりそうだな。

ポラロイド社スペクトラの仕様(ヤフオクより転載)
画面サイズ  72×91mm
ピント合わせ 超音波AF
撮影距離   0.6m~∞ アダプター使用時0.25~
ファインダー テレスコーピック 
シャッター   電子制御 1/245~2.8秒 
露出機構   電子制御AE 明暗調整±2/3
使用フィルム Polaroid Spectra Film ISO600
ストロボ    内蔵固定式 発光停止撮影可
使用電源   フィルム内蔵ポラパルス板電池
フィルム装填・給送 フィルム位置合わせ、自動送り出し
フィルムカウンター カウンター窓 自動復元残数表示
大きさと質量    70.6×160×142mm 807g
大きさ      90.6×160×142mm (開いた時)
その他      セルフタイマー コントロールパネル
1986年物価目安   大卒公務員初任給約¥144,500- 1ドル160.10円


■タシケントのホテル-料金値上げの不思議
2009年より大幅な値上げを実施したホテルが多いようだ。今回、泊っている
Dedemanは65>85米ドル、Radisson SASは70から130米ドルへ値上げした。この意味が
よくわからないのがこの国なのだが、外貨建てで料金を徴収している(実際の支払
いの際にSUMに換えている)のだからホテルビジネスの場合、外貨ポーションの割合
は低いはずなので世界経済危機に便乗した値上げではないだろうかと推測している。

インフレーションは年率xx%(公表)であるものの、ドル建てで宿泊費が支払わ
れているので、影響は少ないはず。まあ、素人的な判断だとこういうことになる。

因みに、現在の為替レートは1USD=1427Sum(2月14日)である。

ウズベキスタン中央銀行
http://www.cbu.uz/

Dedeman Silkroad Tashkent
http://www.dedeman.com/Tashkent.aspx

Radisson SAS tashkent
http://tinyurl.com/bbshl4

▼バックナンバーはこちらからお読みいただけます。
http://archive.mag2.com/0000283202/index.html

■■編集後記
最後までお読みいただきありがとうございました。
引き続き、私の視点でトピックを提供できればと思っています。

ご意見・ご感想はお気軽にご連絡下さい。
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