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2009年4月12日日曜日

【世界の街角からMM】イスタンブル・トランジット(2) 第23号 2009年4月12日

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メールマガジン「世界の街角からMM」         第23号 2009年4月12日
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今号は3月中旬、アシガバート(トルクメニスタン)出張のため、トランジット
で滞在したイスタンブルのレポート(2)です。

出張先の都市より人や街、生活のこと、耳にしたこと、肌で感じたこと、美しい
もの、旨いもの、ちょっと硬い言葉で言えば社会経済情勢かな、等、気ままなレ
ポート等をお届けしています。
▼今号の目次はこちらです。
イスタンブル・トランジット(1)
http://worldcity-mm.blogspot.com/2009/04/mm1-22-2009411.html
■イスタンブル国際空港(アタチュルク)
■イスタンブル国際空港内での時間のつぶし方
■イスティクラル通り再び
■イスタンブルの交通機関とアクビル
イスタンブル・トランジット(2)
■イスタンブル上空-アシガバートからのフライト
■イスタンブルでのショッピング
■日本料理「五味」
■MetroBus-イスタンブルの新バス交通システム
■■編集後記
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■イスタンブル上空-アシガバートからのフライト
ボスポラス海峡上空からから旧市街の北側をかすめてアタチュルク空港へアプ
ローチするルートは数多くの都市で離発着しているがOne of Bestではないだろうか。

散々待たされた後アシガバートを飛び立ったトルコ航空TK1365便は10時過ぎ雲の
多いイスタンブル上空へ差し掛かった。航空ルートは黒海側からアクセスするで
あろうことから席は窓側をリクエストした。

待たされたのと、4時半起きだったので途中は寝入ってしまいよく憶えていないが、
アタチュルク空港へのアプローチのため下降し始めたときから窓の外を気にして
いた。

TK1365便は黒海沿岸上空から徐々に高度を下げ、アナトリア上空から更に高度を
下げボスポラス海峡をアジア側からヨーロッパ側へ斜めに横切り、第一ボスポラ
ス海峡を眼下に見下ろせる位置からやや左に旋回し、Levent上空から着陸態勢に
入った。窓からはベイオール地区、金角湾、ガラタ橋、トプカプ宮殿、ブルーモ
スクなど歴史地区が視界に入った。運よく席が左側だったこと、しかも最後尾の
席であり主翼が視界を邪魔しなかった。

ただ天候が悪く雲が多かったのだけは残念だった。自分の足で歩き回った町なの
で非常に感慨深い。写真を撮ったが雲が多く、ガラタ橋やファーティはほとんど
雲で見えなかったが、近々、公開しよう。

■イスタンブルでのショッピング(買出し)
世界経済危機以降、トルコリラが円に対して40%程度下がった(1YTL=60円弱)の
でショッピングには最適なタイミングだった。

タシュケントでは品数が少なく品質も悪いのでイスタンブルは別世界のようだっ
た。しかも価格もお手ごろになっていた。

このトランジットを利用してタオル、ワイシャツ、靴、オリーブオイル、ポロシ
ャツ、Tシャツ、下着、等、夏物スーツはデザインがあわず見送った。もっと買え
れば買っていただろうな。買い物はショッピングモールが発達しているので1-2箇
所でほとんどの用事が間に合ってしまう。

イスタンブルでのショッピングは昨年イスタンブルに滞在しているときに以下の
サイトにまとめた。

イスタンブル・ショッピング
http://istanbul.iio.org.uk/istanbul-shopping.html

▼Cevahir Mall
地下鉄Sisli駅直結、MetroBusにも近いので空港からは便利。
http://www.istanbulcevahir.com/

▼Migros
スーパーマーケット、今回はCevahir MallのMigrosを利用した。市内に多く支店
がある。
http://www.migros.com.tr/

▼MetroCity
地下鉄Levent駅直結、BenetonでTシャツ、ポロシャツ、INCIで靴を、M&Sで下着を
調達。
http://www.metrocity.com.tr/

▼Akmerkez
Levent駅徒歩15分だが、タクシム広場からAkmerkezの前に止まるバス(No.559)
があるのでタクシム広場界隈に居るときはこのバスを利用する。いつも客が少な
くショッピングがしやすい。ワイシャツ、靴を調達。
http://www.akmerkez.com.tr/

▼空港地下のスーパーマーケット
時間がないトランジットの場合、国際線到着ロビーの下にスーパーマーケットが
ある、確か24時間営業と聞いた記憶だ。

■日本料理「五味」(イツミ)
昨年の味を思い出して、空港からLRT、MetroBus、Metroを乗り継いで直行しラン
チにぎりぎり間に合った。だが昨年行ったのは一回のみ、高くて手が出せなかっ
たのが正直なところ、畜養マグロの鮨は美味しかった。

地下鉄Levent駅から4.Levent方面右側の$Bankというサインがある高層ツインビル
の1階にある。高級日本料理のカテゴリーだろう、日本人料理人がいる。

ランチメニューはかなり種類が多い。よくわからないので五味定食(36YTL)を注
文、サバの塩焼きとマグロ納豆だった。その時のマグロ納豆とご飯は外れ、他は
並的に美味しかった。日本でと考えると決してリーズナブルな価格とはいえない。
ランチは14時まで。もう一つのオプションはトンカツ定食(26YTL)だった。

日本語を良くしゃべる女性のマネージャー、Pinarさんがいる。昨年のことを憶え
ていたようで驚いた。一緒に行った人がかなり酔っ払ったのでその影響かもしれ
ない。

五味
Iskuleleri Kule 2 Giris Kati No:43, 4.Levent, Istanbul
Tel.(0212) 264-6448 Fax.(0212) 264-6498
Lunch: 12:00 - 14: 00 Dinner: 19:00 - 22: 30 Off: Sunday
http://www.itsmejp.com/

▼昨年の覚書
http://istanbul.iio.org.uk/istanbul-restaurant.html

■MetroBus-イスタンブルの新交通システム
もう一つの目的は、トルカプからSisliまで延伸したMetroBusに乗車することだっ
た。これで地下鉄への接続が可能になり更に利便性が増した。このバス、道路の
中央をバス専用路線とし、2連結(Mercedez)及び3連結(Phileas)バスをかな
り高い頻度で運行している(下記サイト参照)。3連結(Phileas)バスは高価な
ことから2台のみと聞いている。実際に運行しているPhileasはほんの一瞬見かけ
ただけだった。

昨年9月に開通予定だった路線
http://www.flickr.com/photos/yha229/sets/72157607903105713/

MetroBus Line
http://www.iett.gov.tr/en/section.php?sid=63

Metro Bus写真集
http://www.iett.gov.tr/en/section.php?sid=60

Mercedez-Benz製2連結バス
http://www.flickr.com/photos/yha229/sets/72157607903105713/

Phileas製3連結バス
http://www.iett.gov.tr/en/section.php?sid=61

IEET Metro Bus
http://www.iett.gov.tr/en/section.php?sid=58

◆為替レート
1YTL=58.66円(2009年3月27日)
http://www.bloomberg.co.jp/markets/currencies/eurafr_currencies.html

■■編集後記
トランジットで立ち寄ったイスタンブル、昨年、一昨年と滞在したので買出しは
非常に効率的にできた。こんな目的ではたとえトランジットといえども滞在した
くはない都市だ。

フォトジェニックなイスタンブル、また、ゆっくり街を歩いてみたい。

引き続き、私の視点でトピックを提供できればと思っています。
ご意見・ご感想はお気軽にご連絡下さい。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第23号 2009年4月12日
発行責任者:飯尾彰敏
Copyright(c) Akitoshi IIO All Right Reserved.
公式サイト:http://www.iio.org.uk (暫定サイト、メルマガ用は準備中)
問い合わせ:iio.tokyo@gmail.com
ご意見・ご感想:http://form.mag2.com/slicleapru
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2009年3月8日日曜日

【世界の街角から】 続イスタンブルとトルコ  第11号 2009年3月7日

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メールマガジン「世界の街角から」           
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━第11号 2009年3月7日
第11号は昨年、一昨年に出張したイスタンブル関連トピックについてお送りしま
す。
出張先の町より人や街、生活のこと、肌で感じたこと、美しいもの、旨いもの、
ちょっと硬い言葉で言えば社会経済情勢かな、等、気ままなレポート等をお届け
しています。
▼第11号の目次はこちらです。
■文学でのイスタンブール
■映画に登場したイスタンブール
■本家トルコ料理の味
■ウィンナーコーヒーとオスマン・トルコ
■■編集後記
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■文学でのイスタンブール
「憂愁」に満ちたこの街-イスタンブルと表現したのは2006年にノーベル文学賞を
受賞したトルコ人作家オルハン・パムクだ。これは、オスマン・トルコの首都で
あったイスタンブルの栄華とその後の没落を表しているのではと想像している。

「イスタンブル-思い出とこの町」は自伝的な内容でイスタンブルが記されている。
代表作には「私の名は紅」、「雪」、「白い城」等があり邦訳も出ている。

歴史小説といえば塩野七生の「コンスタンティノープルの陥落」はイスタンブー
ルを訪れる人は概ね読んでいることだろう、アガサ・クリスティーの「オリエン
ト急行殺人事件」などイスタンブールは歴史的な題材や小説のモチーフを数々提
供している。

近年の作品では、16世紀に消えた赤いイズニック・タイルと津和野を結びつけた
恋愛小説「イスタンブールの闇」や古代遺跡エフェソスを舞台にした運命的な人
生を描いた「エフェソスの白恋」(両方とも高樹のぶ子著)がある。「イスタン
ブールの闇」ではスルタナメット地区やプリンスズ・アイランドが、「エフェソ
スの白恋」では題名になっている古代エフェソス遺跡が描かれており、トルコを
知る上でも興味深い。

■映画に登場したイスタンブール
映画についても然り、フォトジェニックな都市は映画にも当然似合う。例がやや
古いがショーン・コネリー演じるジェームス・ボンドが活躍する007シリーズ、
「ロシアより愛をこめて」(1964年4月公開)ではイスタンブールの映像が前半を占
める。

英国海外情報局のトルコ支局長・ケリム(ペドロ・アルメンダリス)から
暗号解読器(レクター)を手土産にしたソ連情報員タチアナ(ダニエラ・ビアン
キ)の亡命要請を受けたボンドはパンアメリカン航空でYesilkoy空港(イスタン
ブール空港)に到着する。

ケリムに案内されイスタンブール地下貯水池(地下宮
殿)に潜望鏡のような仕掛けがあり、どういうわけかソ連領事館の中が覗け、罠
である美貌のタチアナが見える。ソ連領事館(現ロシア領事館)は、ペラ地区イ
スティクラル通りにあるのでどうもおかしいがそれは映画の世界だ。

ボンドは、ボスポラス海峡クルーズ船の上でタチアナからレクターの情報を聞き
出し、アヤ・ソフィアでタチアナが持ち出したソ連領事館の平面図を入手する。
ケリムがボンドを連れて行った村のシーンは、イスタンブールのアジア側郊外に
あるペンディク(Pendik)だ。

そして、ボンドは、シルケジ駅からタチアナとオリエント急行に乗り、ベオグ
ラード、ザグレブへ向かう。

ここまでがイスタンブールを舞台にしているが、映画に登場したイスタンブール
は現在もそのままタチアナの美貌同様辿ることができるであろう。

■本家トルコ料理の味
分家トルコ料理はブルガリアやシリアで何度か食べたことがあり、本家の料理は
どんなものなのかと興味を持っていた。周辺諸国であるレバノン・シリアやブル
ガリアでは美味しい料理はトルコ料理のメニューかその影響を強く受けた料理だ
った。

一説にはレバノン、シリア料理は宗主国がフランスだったので美味しいという説
があるが、フランスの影響は否定しないが私はトルコの影響の表れではないだろ
うかと思う。エジプトを例に取ると、英国が宗主国だったので不味いとか、なん
となく納得してしまいそうだが、エジプトの不味さはトルコからの距離がレバノ
ン、シリアより遠いのでオスマントルコの支配下にあったものの食文化は差ほど
浸透しなかったのではとも考える。逆にコーヒーはエジプトからオスマントルコ
へ伝わった経緯がある。

ブルガリア料理はケバブツェ(ひき肉料理)とヨーグルトを多く使うのが特徴だ。
これはバルカン半島全域で共通のようだ。カヴァルマ(陶器のポットで肉と野菜
を煮込んだ料理)はブルガリアの代表的な料理だが本家にもあるし、シリアにも
あった。ということはトルコの影響なのだろうかと推測している。

さて、本家の味はサンプルがロカンタばかりでは批評できるレベルにないが本人
的には非常に満足している。

■ウィンナーコーヒーとオスマン・トルコ
日本でウィンナーコーヒーというと、生クリームかホイップクリームがやや濃い
コーヒーの上に浮かび、シナモンパウダーがトッピングしてある、若しくはシナ
モンスティックが付いているものを指す。

実はウィンナーコーヒーというコーヒーはウィーンにはないが、ミルクの泡をの
せたコーヒーをメランジェ(Melange)やホイップクリームをのせたフランツィス
カーナー(Franziskaner)がある。これらがウィナーコーヒーに近い。

さて、ウィンナーコーヒーの起源はというと1683年、オスマン・トルコ軍がウ
ィーンを包囲した(第2次)時に起因する。ウィーン市民は城砦内に立て篭もり、
包囲は結果失敗しオスマン軍は退却した。

ウィーンの街を危機から救ったフランツ・コルシツキーがオスマン・トルコ軍の
遺留品である"kahve"(緑のコーヒー豆を挽いたもの)を基にカフェを開店し好評
を博した。これがウィンナーコーヒーの元祖であり、オスマン・トルコなくして
ウィナーコーヒーなしというわけである。

記憶の範囲で綴ったイスタンブール、サンプル数は多くはないが、外からでも美
味、内からはさらに美味というのが私のトルコ滞在の印象である。今年も出張す
るので新たなトルコの発見を楽しみにしている。魅力満載のイスタンブール、い
やイスタンブルだろう、更に掘り下げてみたい衝動に駆られるフォトジェニック
な美貌都市だ。

▼バックナンバーはこちらからお読みいただけます。
http://archive.mag2.com/0000283202/index.html

■■編集後記
最後までお読みいただきありがとうございました。
歴史があり、海があり、アンジュレーションのあるイスタンブル、脳のひだに
隅々まで記憶させて起きたい衝動に駆られる町だ。そしてフォトジェニックとき
ている。

引き続き、私の視点でトピックを提供できればと思っています。
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【世界の街角から】昨年のイスタンブルとトルコ 第10号 2009年3月8日

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メールマガジン「世界の街角から」 第10号 2009年3月7日
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第10-13号は、昨年、一昨年に出張したイスタンブルとトルコについてです。

出張先より人や街、生活のこと、肌で感じたこと、美しいもの、旨いもの、気に
なったこと等、硬い言葉で言えば社会経済情勢かな、気ままなレポート等をお届
けしています。
▼第10号の目次はこちらです。
■イスタンブールの名の由来
■ボスポラス海峡の名の由来
■イスタンブールの発音
■"Bosporus"か、それとも"Bosphorus"なのか?
■■編集後記
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■イスタンブルの名の由来
イスタンブルは、その昔、ビュザンティオンBizantion、次いでコンスタンティノ
ポリスConstantinopolisと呼ばれていた。紀元前658年、古代ギリシアのビザス
Byzasという人がこの地に入植し、Byzasにちなんでビザンティオンと命名したと
言われている。「ビザンティウム」はそのラテン語読みである。

その後、2世紀末、ローマ帝国の支配がこの地にも及び、西暦330年にはローマ皇
帝コンスタンティヌス帝がビザンティウムを新都と定めた。そして、遷都以来、
この町はコンスタンティノポリス、つまり「コンスタンティヌス帝の都市」と呼
ばれるようになる。1453年、メフメット2世率いるオスマントルコ軍がコンスタ
ンティノープルを陥落させ、その影響下に入ってからイスタンブールと変わった
ようだ。

しかし、イスタンブールの名が正式に用いられるようになったのはオスマントル
コ帝国滅亡後の1930年(独立は1923年)からである。

ではその間はどうどうだったのだろうか。日本での歴史的記述では、コンスタン
ティノープルが陥落してからイスタンブールになったというのが通例であるが、
トルコ語ではイスラムが広がったという意味のIslambolで表現されたり、アラビ
ア語やペルシャ語では、Asitane-i Saadet(幸福の宮居)、Umm-i Dunya(世界の
母)、Daru's-Saltanat (王権の館)等と様々な呼ばれかたをしていた。信頼で
きそうなのが貨幣などの刻印に使われたコンスタンティニーイェ(オスマン語)
が正式ではないだろうか。

イスタンブールの語源は諸説あるが、東ローマ帝国時代からスラブ人らが旧市街
を指して呼んでいたスタンブルという地名がトルコ人にも取り入れられたものと
もされている。この名前は、一説にはギリシャ語の"eis stin poli"(都市に)か
ら取られ、ギリシャ人がコンスタンティノポリスを「都市の中の都市」と呼んだ
ことに由来するという。あるいは、Constantinopolisが詰まったstanpolを語源と
する説がある。また、トルコ語の「Islamイスラム」と「bul都市」が合成されて
「イスタンブール=イスラム教徒の町」となったという説も聞く。

■ボスポラス海峡の名の由来
こちらも諸説ある。Byzas以来約850年ギリシア植民市として栄えたことから、
「ボスポラス海峡」はギリシア風の地名という説だ。ボスポラス海峡は、「雌牛
の渡し場」という意味で、これは、ゼウスが妻ヘラの嫉妬から逃がすために恋人
のイオを雌牛に変身させてこの海峡を渡らせた、というギリシア神話に基づいて
いる。

もう一つの説は、紀元前3世紀まで反映した現在のウクライナ、黒海沿岸南部にあ
った古代ギリシャの植民地「ボスポラス王国(Cimmerian Bosporus)」に由来す
る説で、この海峡を通過してボスポラス王国へ繋がることからその名が付いたと
も言われている。

■イスタンブールの発音
イスタンブル、日本語では「イスタンブール」と表記されるが、標準トルコ語の
発音では最後の音節は長母音化されないので、発音により忠実に「イスタンブ
ル」と表記されることが多い。

もっとも、トルコ語の口語では母音調和化して、日本語ネイティブには「ウスタ
ンブル」と聞き取れるような発音になることも多いようだ。

■"Bosporus"か、それとも"Bosphorus"なのか?
ボスポラス海峡の英文表記にはThe Bosporus StraitとThe Bosphorus Straitの二
通りがあるが、どちらが正式なのかというとどうやら前者の"Bosporus"に軍配が
あるようだ。

ちなみにボスポラス海峡大橋は"The Bosphorus Bridge"(1973年に竣工)と表記
されている。この関係ははっきりしないが著名な英国人技師(Sir Gilbert
Roberts)が設計を担当している。ボスポラス第2橋はFatih Sultan Bridgeという。

□資料
1. MS-Word辞書
米国・英国英語とも"Bosporus"です。

2. Britannica

Istanbul Bogazi, Karadeniz Bogazi, or Bogazi?i, strait (bogaz, "throat")
uniting the Black Sea and the Sea of Marmara and separating parts of
Asian Turkey (Anatolia) from European Turkey.

The Bosporus is 19 miles (30 km) long, with a maximum width of 2.3 miles
(3.7 km) at the northern entrance and a minimum width of 2,450 feet (750
m) between the Ottoman fortifications of Rumelihisari and Anadoluhisari.
Its depth varies from 120 to 408 feet (36.5 to 124 m) in midstream.

Kingdom of the Bosporus

called Cimmerian Bosporus, ancient Greek state situated on Kerch Strait
in present-day southern Ukraine. It reached its peak of power in the 4th
century BC.

The kingdom's major city, Panticapaeum (modern Kerch), was ruled by the
Archaeanactid dynasty (480-438 BC), then by the Spartocid dynasty
(438-110 BC), which annexed to Panticapaeum other Greek colonies-e.g.,
Nymphaeum, which had been founded in the region in the 7th and 6th…

Bosporus, Kingdom of the...
(ブリタニカは有料のためここまでした。)

3. Merriam-Webster
こちらも"Bosporus"が正式で、他の使い方として"Bosphorus"が挙げられています。

Main Entry: Bos?po?rus
Pronunciation: ?b?s-p(?-)r?s
Variant(s): or Bos?pho?rus -f(?-)r?s
Function:
geographical name
strait about 18 miles (29 kilometers) long between Turkey in Europe &
Turkey in Asia connecting Sea of Marmara & Black Sea

4. Encarta
Bosporus or Bosphorus strait linking the Black Sea and the Sea of Marmara.
It separates European and Asian Turkey. Length: 31 km (19 mi)

5.ボスポラス橋の英文表記
The Bosphorus Bridgeと表記されている。


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■■編集後記
イスタンブルなのかイスタンブールなのか日本語は難しいが現地の発音は「イス
タンブル」のようだ。庄野真代は「飛んでイスタンブール」だったけが。

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