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2014年11月8日土曜日

【世界街角通信】第208号【イスタンブール紀行2014-04】2014年11月8日



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メールマガジン「世界街角通信」       第208 2014118
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皆さま、こんにちは、世界街角通信です。

イスタンブールに立ち寄る機会がありましたので「イスタンブール紀行2014-0
4」と題して散策結果をお届けします。

▼目次
■【イスタンブール紀行08】コンスタンティノープル陥落-メトロの壁画
■イスタンブールでTurkCellのプリペイドSIMを購入
■イスタンブール空港荷物預かり

■■後記
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訂正:前号207号、タイトルの日付けが1030日となっていますが111日です。

2007年・2008年に滞在した時のイスタンブール滞在メモ。

■【イスタンブール紀行08】コンスタンティノープル陥落-メトロの壁画

地下鉄タクシム駅構内に「コンスタンティノープル陥落」の様子を描いた壁画が
ある。

コンスタンティノープルは、西暦330年にローマ皇帝コンスタンティヌス1世が、
古代ギリシアの植民都市ビュザンティオンに建設した植民都市で、395年のロー
マ帝国東西分割後は、東ローマ帝国の首都となった。

そのコンスタンティノープルは、1453529日未明、メフメト2世率いるオスマ
ン軍は城内への総攻撃を行い、門を閉め忘れた城門から城内へと侵入し、コンス
タンティノープルは陥落し、最後の皇帝コンスタンティノス11世は乱戦の中で戦
死、東ローマ帝国は滅亡した。

その戦いの様子が壁画に描かれている。特に「オスマン艦隊の山越え」、金角湾
の北側の陸地(ジェノヴァ人居住区、ガラタの外側)に油を塗った木道を造り、
それを使って70隻もの船を陸越えさせ金角湾に移す作戦に出た。この奇策に東
ローマ帝国軍の士気をくじくことになったとされる。

陥落後のコンスタンティノープルは「コスタンティニエ」と改称(イスタンブル
が公式に使われたのは1930年)に、総主教座のあったハギア・ソフィア聖堂はア
ヤ・ソフィアモスクに改装された。正教会に対しては多くの聖堂をモスクに改造
して抑圧策をとる一方で、人望の篤い修道士であったゲンナディオス・スコラリ
オスをコンスタンティノープル総主教に任命し、正教徒の懐柔にあたった。

コンスタンティノープルの陥落 (新潮文庫)
塩野 七生

■イスタンブール空港荷物預かり

いつもお世話になっている荷物預かり所。

2か所あるとの案内、筆者が利用しているのは到着口を出て右の端へ、突き当た
りがスターバックス、その手前にトルコ航空ホテルの窓口、その隣、サインが出
ている。 料金は24時当たり。

Baggage Custody Services
Luggage Safety Tariffs
Large Baggage   25.00 TL
Suitcase        18.00 TL
Handbag         15.00 TL
Plasticbag      12.00 TL


■イスタンブールでTurkCellのプリペイドSIMを購入

Fatih LaleliGencturk StreetHotel Buyuk Kebanの並びにあるTurkcellのシ
ョップ、直営店ではない、で20TL分のプリペイドを含むSIMを購入、55TLでした。
2750円相当、やや高めの設定の印象ですが、先人のWEB情報と同じでした。

SIMの有効期間は180日、その期間以内にリチャージする必要がある。

残高確認は

*123#

画像は、一回、電話した後のもの。

Turkcell (英語版が見つからない、もしかしたらトルコ語のみ?)

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むユーラシア地域、「中央アジア・コーカサス開発研究会」と「R+EE 露・東欧
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ズで自動的に改行されています。悪しからず。

■■後記

塩野七生著の「コンスタンティノープルの陥落」は20年以上前に読んだ歴史小説、
当時、イスタンブールを訪れる機会があることを前提にしていなかったが、2007
年にその機会が巡ってきた。

「オスマン艦隊の山越え」の箇所は鮮明に覚えている、丁度、住まいのあったペ
ラ地区の後ろ辺りを越え金角湾へ船を移送したのではと想像したが、あの辺りの
地形はかなり急峻だ。ボスポラス海峡側のカバタシュからタクシム広場までは、
ケーブルカー(フニクラ)が運営しているほどなのだから。

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メールマガジン「世界街角通信」第208 2014118
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ご意見・ご感想:http://form.mag2.com/slicleapru
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2014年10月31日金曜日

【世界街角通信】第206号【イスタンブール紀行2014-02】2014年10月31日



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メールマガジン「世界街角通信」       第206 20141031
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皆さま、こんにちは、世界街角通信です。

イスタンブールに立ち寄る機会がありましたので「イスタンブール紀行」と題し
て散策結果をお届けしようと思います。

▼目次
■ザンビアで英国系の北ローデシア生まれの大統領就任
■【イスタンブール紀行03Yenikapi駅とMarmarayの案内板
■【イスタンブール紀行04KumkapiMeryem Ana Armenian Churchとアルメニ
ア人コミュニティ

■■後記
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▼訂正▼
前号206号としましたが205号でした。今号が206号です。最近、多くて失礼!

★ザンビアのニュースが飛び込んできましたのでメモ。

★そして、前回、写真をリンクしませんでしたので下記に。

【イスタンブール紀行2014-01】コーカサス方面のバスターミナルとハチャプリ

【イスタンブール紀行2014-02Yenikapi駅の近くにアルメニア教会(Surp Tart iosArmenian Church) http://tinyurl.com/m6j6t8w

(尚、本記事の紀行番号とリンク先とは異なります。)

▼下記FBの頁を開設しましたのでご案内します。

Back in the USSR!

■ザンビアで英国系の北ローデシア生まれの大統領就任

正式な後継者は90日以内に選挙を経て決めるが、副大統領のScott氏が暫定大
統領に就任する。ロンドンで病気療養中だったSata大統領が28日に病死したこと
による。アフリカではアパルトヘイト撤廃に尽力した南アのデクラーク大統領以
来の白人大統領となる。

BBCは、南ローデシアのイアン・スミスが重なったのか、冒頭、写真のキャプシ
ョンで名前がSmithとなっていますがScottですね、動揺しているのかな?

White leader appointed in Zambia

I am Africa's first white democratic leader, says Zambian vice-president http://tinyurl.com/mgozcxu

■【イスタンブール紀行03Yenikapi駅とMarmarayの案内板

Yenikapi駅の近く、海側にあるアルメニア教会Surp Tartios Armenian Church
情報を入手、イスタンブールの中心的なアルメニア教会がKumkapiにあるという、
それほど遠くはないので徒歩で行くことにした。

Yenikapi駅周辺は古い住宅多い。Marmarayは駅の反対側、Aksaray側の地下にあ
るのでこの街並みからは想像がつかない。

トルコ国鉄近郊線のYenikapi駅とMarmarayの案内板がリンクの写真。歩道橋で道
路を渡り、古い町並みを線路沿いに歩く、アルメニア教会への途中、クルド人少
年がザクロジュースを売っていたので喉を潤す。子供たちによるとクルド人が多
い地区とのこと。

at Marmaray Yenikap? Istasyonu

■【イスタンブール紀行04KumkapiMeryem Ana Armenian Churchとアルメニ
ア人コミュニティ

YenikapiSurp Tartios Armenian Churchで教えてもらったKumkapiMeryem An a Armenian Church、アルメニア人コミュニティの中心となっている、丁度結婚
式が行われていた。この前にも一組いた。

部外者ながら、特に断られるわけでもなく中に入れたが、教会の中へは一言断り
を入れた。式と式の合間ならイイよとのことだった。

教会の目の前がトルコ・アルメニア人協会 (トルコ語とアルメニア語での記
載)の建物、写真が無いが(別の機会に)立派な建物で1461年の年号が記されて
いた。隣はアルメニア人学校。

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■■後記

イスタンブールは印象に残る街だ、どこを歩いていてもだ。
これをどのように表現するのかよくわからない。

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2010年3月6日土曜日

【世界の街角からMM】第46号 モスクワ・レポート(5) 2010年3月4日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第46号 2010年3月4日
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ちょっと間が開いてしまいましたがモスクワ・レポート5です。
その間に、アルメニアに滞在することになりましたので、モスクワレポートの後
はアルメニアからレポートする予定です。

11月21日から24日にかけてモスクワへプチ旅行を挙行した。新生ロシアの首都モ
スクワを垣間見たメモです。
▼目次
■日本人は世界遺産大好き「Novodevichy Convent(世界遺産)」
■モスクワ国立大学と雀が丘
■旨かった!スプートニクホテルの青空(日本料理)
■モスクワの秋葉原Gorbushka Market
■現実へ、シェレメツェボ2再び
■■編集後記
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■日本人は世界遺産大好き「Novodevichy Convent(世界遺産)」
日本人は本当に世界遺産が大好きである。NHKの番組を見ればわかりますね、こん
なに放送しているとは思いもよりませんでした。そして海外旅行を後押ししてい
るんですね。

それで、この季節、閑散としたノヴォデヴィチ女子修道院の前に黒い観光バス、
フロントガラスをよく見ると「クラブツーリズム、ザンクトペテルブルグとモス
クワ8日間の旅」という日本人観光客のツアーでした。

この修道院はあまりにも予備知識が無く、同行者の意向に任せたので私的には連
れて行ってもらったようなもの。もうちょっとガイドブックを読んでいれば、
「地球の歩き方」でも持っていれば少しは予習が出来たかもしれないが、やはり、
私は買えなのですね、このガイドブックを。

少しだけwikiより:
1524年に、モスクワ大公国時代に創建された。モスクワ大公・ヴァシーリー3世の
命によって、建設が開始されたこの修道院は、1514年に、スモレンスクがモスク
ワ大公国に併合されたことを記念して建てられた。修道院は、モスクワ川の湾曲
部における要塞の役割を果たしていた。これは、他の修道院も同じような役割を
持っていた。

チェーホフ、ツルゲーネフ、ゴーゴリ、ショスタコーヴィチ等の著名な作家や音
楽家がこの修道院付属の墓地に眠っている。政治家では、フルフチョフ、エリツ
ィンも然り、ただ、このような説明がガイドブックにあったが、寒かったしそこ
までは足を伸ばす勇気が無く、地下鉄駅前の小奇麗なカフェで温まりました。

NHK世界遺産
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/

■モスクワ国立大学と雀が丘
そのカフェで次のスケジュールを皆で話し合い、当初予定通り、雀が丘のモスク
ワ国立大学を目指したのでした。よりにもよって、この季節でしかもお天気も良
くないのに、また吹きっさらしを目指したのでした。

地下鉄、大学駅で下車、地図を見ると近いが広大な敷地にあるロシア最高峰の総
合大学ゆえ、広い広い、15分は歩いただろうか。駅の周辺には新興住宅が建設中
でした。

1985年にもここへ来たんだよね、そのときは夏、そしてマリーナと一緒だったか
らほとんど考えずに大学本部の近くまでバスで来たのだ。またまた寒い中を本部
ビルまで歩いた。そこに見えているのだが実際にはまだまだって感じだったな。

本部はスターリン様式の威圧的な建築物、周囲に高い建物が無いので余計に象徴
的に写ります。構内への突入を試みたのですがさすがに入管証がないと今時の大
学は入れませんね。

モスクワ国立大学は、正式名称をM. V. Lomonosov Moscow State University、露
語では長いので、略称だけ、「МГУ」、エム・ゲーウーと読みます。縁も所縁
もありません、ただ、マリーナと一緒にモスクワ観光の一つとして訪れただけ。

でも、あの時は静かだったな、緑が初々しく・・・、共産主義時代のよき夏の思
い出だ。そのときも雀が丘からモスクワ市外を一望し、モスクワオリンピックの
競技場が眼下に眺められた。

今回も寒々とした中、精力的に我々は歩き、地下鉄駅から本部ビルへ、更に、展
望台まで歩いたのでした。そこは寒風吹きすさむ、以前と変わりない光景でした
があの夏の時のように長居は出来ませんでした。

http://www.msu.ru/

私の夏の思い出を見たい方はこちらへどうぞ。
http://1985.iio.org.uk/ussr/moscow_marina.htm

■旨かった!スプートニクホテルの青空(日本料理)
展望台は寒く、とっても長いが出来る環境ではなく、ここから更に駅に戻る元気
も無く、タクシーでスプートニクホテルにある日本料理レストランでランチをと
ることにした。初日は大外れだったので今度は外せないのだった。気の利く同行
者が某商社から聞き取っていたのだ。

日本人シェフがいると聞いていたので並以上であるとことは期待していた。ラン
チの時間帯だったので、ビジネスランチを注文、更に、半味噌ラーメンも追加注
文した。もうメニューを見ただけで感動物でした。

どこかの国ではメニューはただの日本食記述であって必ずしもその内容の食事が
出てくるとは限らないのだだった。

久しぶりに食べた本格的な日本料理、旨かったの一言。今度はあぶり寿司を食べ
に来たいと画策している。

シェフはイチロウさんです。後日、このランチのことをmixiに書いたら、イチロ
ウシェフがその日記を見つけてコメントをいただきました。彼によると現在モス
クワの日本人シェフは15人だそうで、500店舗といわれる日本料理レストランはど
うやってるのでしょう。

モスクワでは一押しの日本食料理レストランです。

青空 (Aozora), Sptnik Hotel
http://www.aozzora.com/index.html

英語版へ飛ばないところを見るとまだ準備中だろうか。

■モスクワの秋葉原Gorbushka Market
日本料理を食べて満足感に浸っている間もなく、この日の最後のスケジュールで
ある「モスクワの秋葉原」であるガルブーシュカへ行った。スプートニクホテル
から距離的にはさほど遠くは無いのでこれまたタクシーで行くことにした。

タクシーを拾うのに苦労したが、皆(同行者4名)で一台に乗車して高速道路のよ
うな高架道路をビューンと走って電気製品の巨大な看板が目に付く建物の前で降
りた。丁度、下車したところにカレフールこの先左400mの看板を見つけた。ある
とは聞いていたがここだったのだ。

ガルブーシュカは地下鉄4号線、キエフスカヤ駅から4駅目、バグラチオノフスカ
ヤ駅徒歩5分にある、元家具工場を電化製品専門のショッピングセンターにしたも
の、大家はモスクワ市役所。1階がハードウエア、2階が音楽、ソフトウエアの
売場となる。とにかく巨大だ。ガルブーシュカ「GORBUSHKIN DVOR(ガルブーシュ
カの庭)」というのが正式名称、日経にも「BRICs報告ロシアの秋葉原」として紹
介された。

iphone を買うつもりで行ったが、3G8GB(R.23,000), 3G16GB(R.26,000), 3GS16GB
(R.29,000), 3GS32GB (R.34,000)とかなり高めだったので差し控えた。音楽CDはR.
250から、中身を見たところ海賊版のようだ、それならばちょっと高いなー、東南
アジアと比較するとそうなる。

http://www.gorbushkin.ru/

■帰途、シェレメツェボ2へ
一通り予定していた滞在先をこなし、キエフ駅前のEvropeisky SC.のスーパー
マーケットで買い物をして、来たときと同じルートでベラルーシ駅から
Aeroexpressに乗車、シェレメツェボ空港へ向かった。18時台のAeroexpressは30
分毎ではなく一本抜けているのでしばらく待つことになった。

よって遅めのチェックインを済ませ、搭乗口へ行く。ここのセキュリティで優れ
ものに出会った。全身スキャンなのだ。ロシアのこういうところに惜しげもなく
投資するところはチェチェン問題などテロを抱えている国ゆえと理解すべきなの
だろうか。

その前に手荷物検査で水のボトルが見つかった。女性係官が、有無を言わせず没
収するところはUSSR時代と変わっていない。しかし、彼女たちのミニスカートと
も思えるやや短めの制服も変わっていないのもしっかりと確認した。

21時発SU163便でタシケントへ戻る。ここから現実が待ち受けていた。

■■編集後記
2泊5日(機中2泊)のモスクワ紀行でした。強行軍ゆえ余裕はなく、同行者も多か
ったので時間のロスもあり、しかし、同行者がいないとこんなに歩き回らないの
でではと思うので、同行者がいて正解という結論になる。

私的には1985年ぶりとなるモスクワ、もっと早く行く予定だったが近々の用事を
済ませているうちに20年以上も経過してしまった。

次の実行は今年に狙いを定めている。ビザの準備も万端、エレバンからは近いし
便数も多いのだ。
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