Sunday, 8 March 2009

【世界の街角から】 続イスタンブルとトルコ  第11号 2009年3月7日

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メールマガジン「世界の街角から」           
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━第11号 2009年3月7日
第11号は昨年、一昨年に出張したイスタンブル関連トピックについてお送りしま
す。
出張先の町より人や街、生活のこと、肌で感じたこと、美しいもの、旨いもの、
ちょっと硬い言葉で言えば社会経済情勢かな、等、気ままなレポート等をお届け
しています。
▼第11号の目次はこちらです。
■文学でのイスタンブール
■映画に登場したイスタンブール
■本家トルコ料理の味
■ウィンナーコーヒーとオスマン・トルコ
■■編集後記
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■文学でのイスタンブール
「憂愁」に満ちたこの街-イスタンブルと表現したのは2006年にノーベル文学賞を
受賞したトルコ人作家オルハン・パムクだ。これは、オスマン・トルコの首都で
あったイスタンブルの栄華とその後の没落を表しているのではと想像している。

「イスタンブル-思い出とこの町」は自伝的な内容でイスタンブルが記されている。
代表作には「私の名は紅」、「雪」、「白い城」等があり邦訳も出ている。

歴史小説といえば塩野七生の「コンスタンティノープルの陥落」はイスタンブー
ルを訪れる人は概ね読んでいることだろう、アガサ・クリスティーの「オリエン
ト急行殺人事件」などイスタンブールは歴史的な題材や小説のモチーフを数々提
供している。

近年の作品では、16世紀に消えた赤いイズニック・タイルと津和野を結びつけた
恋愛小説「イスタンブールの闇」や古代遺跡エフェソスを舞台にした運命的な人
生を描いた「エフェソスの白恋」(両方とも高樹のぶ子著)がある。「イスタン
ブールの闇」ではスルタナメット地区やプリンスズ・アイランドが、「エフェソ
スの白恋」では題名になっている古代エフェソス遺跡が描かれており、トルコを
知る上でも興味深い。

■映画に登場したイスタンブール
映画についても然り、フォトジェニックな都市は映画にも当然似合う。例がやや
古いがショーン・コネリー演じるジェームス・ボンドが活躍する007シリーズ、
「ロシアより愛をこめて」(1964年4月公開)ではイスタンブールの映像が前半を占
める。

英国海外情報局のトルコ支局長・ケリム(ペドロ・アルメンダリス)から
暗号解読器(レクター)を手土産にしたソ連情報員タチアナ(ダニエラ・ビアン
キ)の亡命要請を受けたボンドはパンアメリカン航空でYesilkoy空港(イスタン
ブール空港)に到着する。

ケリムに案内されイスタンブール地下貯水池(地下宮
殿)に潜望鏡のような仕掛けがあり、どういうわけかソ連領事館の中が覗け、罠
である美貌のタチアナが見える。ソ連領事館(現ロシア領事館)は、ペラ地区イ
スティクラル通りにあるのでどうもおかしいがそれは映画の世界だ。

ボンドは、ボスポラス海峡クルーズ船の上でタチアナからレクターの情報を聞き
出し、アヤ・ソフィアでタチアナが持ち出したソ連領事館の平面図を入手する。
ケリムがボンドを連れて行った村のシーンは、イスタンブールのアジア側郊外に
あるペンディク(Pendik)だ。

そして、ボンドは、シルケジ駅からタチアナとオリエント急行に乗り、ベオグ
ラード、ザグレブへ向かう。

ここまでがイスタンブールを舞台にしているが、映画に登場したイスタンブール
は現在もそのままタチアナの美貌同様辿ることができるであろう。

■本家トルコ料理の味
分家トルコ料理はブルガリアやシリアで何度か食べたことがあり、本家の料理は
どんなものなのかと興味を持っていた。周辺諸国であるレバノン・シリアやブル
ガリアでは美味しい料理はトルコ料理のメニューかその影響を強く受けた料理だ
った。

一説にはレバノン、シリア料理は宗主国がフランスだったので美味しいという説
があるが、フランスの影響は否定しないが私はトルコの影響の表れではないだろ
うかと思う。エジプトを例に取ると、英国が宗主国だったので不味いとか、なん
となく納得してしまいそうだが、エジプトの不味さはトルコからの距離がレバノ
ン、シリアより遠いのでオスマントルコの支配下にあったものの食文化は差ほど
浸透しなかったのではとも考える。逆にコーヒーはエジプトからオスマントルコ
へ伝わった経緯がある。

ブルガリア料理はケバブツェ(ひき肉料理)とヨーグルトを多く使うのが特徴だ。
これはバルカン半島全域で共通のようだ。カヴァルマ(陶器のポットで肉と野菜
を煮込んだ料理)はブルガリアの代表的な料理だが本家にもあるし、シリアにも
あった。ということはトルコの影響なのだろうかと推測している。

さて、本家の味はサンプルがロカンタばかりでは批評できるレベルにないが本人
的には非常に満足している。

■ウィンナーコーヒーとオスマン・トルコ
日本でウィンナーコーヒーというと、生クリームかホイップクリームがやや濃い
コーヒーの上に浮かび、シナモンパウダーがトッピングしてある、若しくはシナ
モンスティックが付いているものを指す。

実はウィンナーコーヒーというコーヒーはウィーンにはないが、ミルクの泡をの
せたコーヒーをメランジェ(Melange)やホイップクリームをのせたフランツィス
カーナー(Franziskaner)がある。これらがウィナーコーヒーに近い。

さて、ウィンナーコーヒーの起源はというと1683年、オスマン・トルコ軍がウ
ィーンを包囲した(第2次)時に起因する。ウィーン市民は城砦内に立て篭もり、
包囲は結果失敗しオスマン軍は退却した。

ウィーンの街を危機から救ったフランツ・コルシツキーがオスマン・トルコ軍の
遺留品である"kahve"(緑のコーヒー豆を挽いたもの)を基にカフェを開店し好評
を博した。これがウィンナーコーヒーの元祖であり、オスマン・トルコなくして
ウィナーコーヒーなしというわけである。

記憶の範囲で綴ったイスタンブール、サンプル数は多くはないが、外からでも美
味、内からはさらに美味というのが私のトルコ滞在の印象である。今年も出張す
るので新たなトルコの発見を楽しみにしている。魅力満載のイスタンブール、い
やイスタンブルだろう、更に掘り下げてみたい衝動に駆られるフォトジェニック
な美貌都市だ。

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■■編集後記
最後までお読みいただきありがとうございました。
歴史があり、海があり、アンジュレーションのあるイスタンブル、脳のひだに
隅々まで記憶させて起きたい衝動に駆られる町だ。そしてフォトジェニックとき
ている。

引き続き、私の視点でトピックを提供できればと思っています。
ご意見・ご感想はお気軽にご連絡下さい。
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