Sunday, 17 January 2010

世界の街角からMM 第44号モスクワレポート3  2010年1月17日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第44号 2010年1月17日
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明けましておめでとうございます。多忙を極めているうちに年が明けてしまい、1
月も中旬を過ぎてしまいました。さて、モスクワの続きです。
11月21日から24日にかけてモスクワへプチ旅行を挙行した。新生ロシアの首都モ
スクワを垣間見たモスクワ・レポート3です。ギャラリーリンクを追加しました。
▼目次
■トレチャコフ・ギャラリーとプーシキン美術館
■聖救世主教会とモスクワ都市計画
■Gogotevsky大通りからArbat通りへ
■Arbat通りとヨルキ・パルキ(ロシアン・ファミレス)
■■編集後記
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この日の予定は、トレチャコフ、プーシキン美術館、Arbat通り、キエフ駅とその
隣のショッピングセンター、ヤロスラブリ駅でしたが、プーシキン美術館の前に
ある救世主ハリストス大聖堂に立ち寄った。小雨が降る肌寒いお天気ながら、ク
ロポトキンスカヤ駅からArbat通りを歩いた。

■トレチャコフ・ギャラリーとプーシキン美術館
最寄の地下鉄駅で下車、地図を見ながらトレチャコフギャラリーを探して辿り着
いたのだが静か過ぎる。門の前に休刊の説明、なんとトレチャコフは休館だった。
そこからまた地図を見てプーシキン美術館までモスクワ川を渡り歩くことにした。
風が強く寒かったな。でも、モスクワ川とクレムリンを背景に記念写真を取るこ
とができた。やっぱり旅は歩かないとね、でも寒かった。

Tretyakov Gallery
http://www.tretyakovgallery.ru/en/

トレチャコフ・ギャラリーからぷらぷらと歩き、プーシキン美術館にはやっとの
ことで辿り着いたが入り口がわからない。道行く人に聞いたら建物の横だという。
目的は本館ではなくEuropean Collectionセクションだ。本館へ入って入場料を払
う窓口でここではく隣だと告げられた。それでやっと暖かい場所に落ち着けてほ
っと一息したが直ぐにコートを着て隣のEuropean Collectionへ向かった。隣とい
っても敷地が大きいので数分はかかった。隣のブロックに細長い建物がありそこ
がEuropean Collection、これまた建物正面でなく横が入り口だった。観光バスが
横付けされていたのでどんなに多くに人が入場しているかと思ったら、かなり空
いていた。

このEuropean Collection、ガイドブックにあるように印象派コレクションが豊富
だった。目の前でルノワールをじっくり鑑賞した。高校生だろうか、先生が絵の
前に立ち、かなり長い時間説明していた。ここはまた一人でじっくり訪れてみた
い美術館だ。
Pushikin State Museum of the Fine Arts (European Collection)
http://www.museum.ru/gmii/defengl.htm

■救世主ハリストス大聖堂とモスクワ都市計画
(Cathderal of Christ th Caviour)
プーシキン美術館の目の前にモスクワ川沿いに建っている教会が救世主ハリスト
ス大聖堂という、ソ連時代に共産主義都市計画が優先され破壊された教会で、連
邦崩壊後、モスクワ市長のイニシアティブにより再建された。政治的な理由によ
り数奇な運命を辿っている。

1931年、ソ連共産党の党大会議場となる「ソビエト宮殿」の国際建築設計コンペ
が公示された。コルビジュエもこのコンペに参加しているが、ソ連の建築家が一
等になるのは予測済みだったことだろう。この宮殿の建設予定地が救世主ハリス
トス大聖堂なのだ。

1934年に公開された最終的な案では、頂上部には高さ80mの巨大なウラジーミル・
レーニン像が立つ姿、土台部分はまた円形へデザイン変更され、そして第二次大
戦後の1947年、モスクワ建都800年に合わせてスターリンは世界の模範的首都とし
ソビエト宮殿を含むモスクワ復興と共産主義国家の首都モスクワの建設を指示し
た。そしてモスクワの7つの丘を象徴する7つの高層ビル建設を進めたのです。

その核となるソヴィエト広場はスターリンの死とともに計画だけで終わったがそ
の敷地であった救世主ハリストス大聖堂は1931年12月5日に爆破された。

救世主ハリストス大聖堂の跡地では基礎工事が始まっていたものの戦争の影響で
資材を流用、戦後、本格的に建設工事が始まったが、1953年のヨシフ・スターリ
ン死後、ニキータ・フルシチョフやゲオルギー・マレンコフはついに「ソビエト
宮殿計画」を白紙に戻してしまった。

宙に浮いたソビエト宮殿建設用地は、基礎工事が中断したまま放置されていたが、
1958年から直径129.5mもある世界最大級の野外温水プール「モスクワ」が建設さ
れた。

ソ連崩壊後、大聖堂の再建機運が高まり、温水プールは閉鎖され、1995年1月7日
に再度モスクワ市がイニシアチブを取り、巨費を投じて宮殿基礎やプール施設を
撤去し、大聖堂再建がスタートし2000年8月19日に「救世主ハリストス大聖堂」が
竣工した。

ということで信じられないことがソヴィエト時代には行われていたのだ。共産主
義という専制政治とは何だったのか、考えさせられる一面に触れたのでした。

◆スターリン様式の建築(セブンシスターズ)
前述の通り、モスクワ宮殿建設と同時にニューヨークの摩天楼と競おうと思った
のかモスクワのランドマークとなるスターリン様式の以下の高層ビルが1930年代
にモスクワの都市計画の一環として計画され、7棟建設された。これらのデザイ
ンは旧共産主義圏において、ソ連からのプレゼントと称してコピーが存在する。
文化科学宮殿、どこでも同じ名称なのか、ワルシャワとリーガは記憶にある。

1.モスクワ大学本館
2.ロシア連邦外務省
3.ロシア連邦運輸機関建設省
4.文化人アパート
5.芸術家アパート
6.ウクライナ・ホテル
7.レニングラード・ホテル

■Gogotevsky bul.からul. Arbatへ
地図を見たところ、救世主ハリストス大聖堂からArbat通りまでは徒歩圏であり並
木道が続いている(冬なので寒々としていたが)ので歩くことにした。クロパトキ
ンスカヤ(Kropotkinskaya)駅を抜けGogotevsky bul.の終わりがArbat通りの始
点である。

クロパトキンスカヤ駅はその上が小規模なショッピングストリートになっていて
小さな店が並んでいた。その外れにビアード・パパというシュークリーム屋があ
った。どこかで聞いたような、そうだ、マニラのグリーンヒルズだ。実はこのシ
ュークリーム屋、日本では全国展開しているようだが私は日本では食べたことが
なかった。

同行者の一人がタシケントからリクエストされていたシュークリームだというこ
とになりここで買い求めることになった。救世主ハリストス大聖堂で戻ってこな
い仲間がいたのでかなり時間を費やしてしまい先を急いでいたが、ここで更に時
間を費やすことになった。旅は道連れ世は情けだ。

この店、モスクワでは2009年2月4日にオープンしたばかり、株式会社麦の穂とい
う会社が経営しているとは初耳であった。都内だと東急東横店に店があるようだ
が記憶にない。
http://www.muginoho.com/company/globalInfo.html

Arbat通りの手前のコスメチックショップでリップクリームを買った。唇がカサカ
サで割れてしまうのではと心配していたのだ。ニベアのリップクリームだった、
それから、ハンドクリームもここで調達、値段はヨーロッパと同程度だった。タ
シケントに戻ってからスーパーマーケットで同じものが販売されていたので値段
をチェックしたらこちらのが高かった。

この通り、夏季は清々しいだろうと思う。

■Arbat通りとヨルキ・パルキ(ロシアン・ファミレス)
モスクワの代表的な観光地としてどのガイドブックにも紹介されているアルバー
ト通り、ニューアルバート通りもあるが今回は道草が多かったので割愛となった、
誰かがモスクワの原宿だとか言っていたな、歩行者天国なので歩くには非常に快
適だ、以前は露天商が多かったようだが最近規制され、その姿はほんの僅かにな
ってしまった。ソヴィエト時代のプロパガンダポスターを売っていたので買いた
かったがパス。

ヨルキ・パルキで遅いランチを食べた。タシケントにもある通称ロシアンファミ
レス、ここで、本場?のボルシチとサーモングリルを食べた。値段も味もリーズ
ナブル。ウドンヤサンという和食レストランもあったが、もう一つ胃があってほ
しかったな。こちらも事前情報でリーズナブルだと聞いていたモスクワの和食だ。

アルバート通りはショッピングストリート、両側にショップがずらりと並んでい
る。低層なので圧迫感がない。お天気も悪いし、日没も早いので4時ごろには暗
くなっていて写真も撮りにくかった。わがD300をISO3200に設定してもブレてしま
うだろう。

土産物屋も多く、その中の一軒で知人に頼まれていたスタンダードなマトリョー
シカを購入した。450ルーブルだっただろか。モスクワにはマトリョーシカ市場な
るものがあり、本来は出向いていきたいところだが時間が限られているので仕方
がない。この通りの端にスターリン様式の外務省がある。少し見えたかな。

今時のモスクワはスタバ、マクドナルド等米国文化も当然存在し、このような場
所では格好の立地となっている。マクドナルドは一度試したがスタバは入らなか
った。タシケントには絶対にありえないファーストフードだ。

アルバート通りの端にSmolenskayaという地下鉄駅がある。キエフ駅までモスクワ
川を渡って歩いてきたいところだったが寒さと暗さで地下鉄を利用、Kievskayaま
で行った。

■■編集後記
一気に書こうと思いながら他の事で忙しく年明けになってしまいました。二日目
の後半は、キエフ駅、20数年前にドニエプル号という夜行列車でキエフへ旅立っ
た駅、それと、キエフ駅前に最近オープンしたショッピングセンター、シベリア
鉄道の終着駅ヤロスブラリ駅です。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第44号 2010年1月17日
発行責任者:飯尾彰敏
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