2011年4月3日日曜日

【世界の街角からMM】第96号 ベルリン・レポート01 2011年4月3日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第96号 2011年4月3日
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新制ドイのツ首都ベルリン、既に統一して20年以上も経過してしまったが2010年
初秋にベルリンを訪れる機会に恵まれた。ベルリン・レポート01です。
▼目次
■25年ぶりのベルリンへ
■ティーゲル空港から市内へ
■ウンター・デン・リンデンで下車
■The Grand Hotel Berlin
■フリードリッヒ・シュトラッセ(Freidrichstrasse)と高級ブティック
■フリードリッヒ・シュトラッセ駅(Freidrichstrasse bf)
■■後記
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■25年ぶりのベルリンへ
1985年8月7日、Hanover発(10:15)、West Berlin Zoo着(13:45)、鉄道料金39D
M(2等片道)と当時のメモにある。東西冷戦時代、東西ベルリンを見てみようと
西ドイツのハノーファーから陸の孤島である西ベルリンを目指したのだ。

1985年の西ベルリン
http://www.iio.org.uk/gallery/europe/west_berlin.html

1985年の東ベルリン(wikiにも紹介されている)
http://1985.iio.org.uk/east_germany/east_berlin.htm

1989年11月にベルリンの壁が崩壊、東西ドイツが統合したが、その後、ベルリン
を訪れる機会がなかったが、決して忘れていたわけではない、今回、9月の連休を
利用してアルメニアからウィーン経由でベルリンへ向かった。

フライト経路はエレバン-ウィーン-ベルリン・ティーゲル、当時は鉄道で西ベ
ルリンへ入ったので空路では初めてとなる。ウィーンから小一時間、ベルリンの
北西部に位置するティーゲル空港への着陸前、フライトルートがベルリン北側か
らアプローチしたので左窓側に座っていた私の席からベルリン市街が一望できた。

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■ベルリン・ティーゲル空港からホテルへ
Flughafen Berlin-Tegel(ベルリン・ティーゲル空港)は、西ベルリン時代に建
設された空港である。1948年のベルリン封鎖時、わずか49日で滑走路が建設され、
西側諸国からの援助物資がベルリン・ティーゲル空港を通じ陸の孤島へ空輸され
た。当時ヨーロッパ最長の2400mの滑走路が建設され、約2年間に27万回の物資空
輸が行われた。このベルリン・ティーゲル空港は東西冷戦時代には、西ドイツか
らのフライトはなく、米国、英国、フランスの3国の国際便に制限されていた。

エレバンからのフライトがやや遅れ、ウィーンでの乗り継ぎ時間が短かくなり、
荷物が届かなかったのでクレーム処理のためルフトハンザ航空のカウンターで手
続きをした。ホテルまで運んでくれるとのこと、そして、ホテル行きの交通を聞
いた、「TXL」中央駅経由アレキサンダー広場行きバスに乗ればホテル近くで降ろ
してくれるわよ、ホテルはフリードリッヒ通りね。20数年ぶりのベルリンだと説
明すると市内は工事中が多く当時とはまったく変わっているから驚くわよ、と東
ベルリン出身の女性職員が説明してくれた。

バスチケット売り場が見つからないので、もっとよく探せばよかったのだが、バ
ス停の前にあった自動販売機で2.3EURのチケットを購入した。直射日光が当たっ
て文字がほとんど読めなく隣の人に聞きながらとなった。最初、一日券をクレジ
ットカードで買おうと思ったが、上手くいかず片道のみとした。後からわかった
が、その少し先に窓口があったのだ。

ベルリン・ティーゲル空港は、2012年10月に開港予定のベルリン・ブランデンブ
ルク国際空港の開港(東ベルリンに位置したシェーネフェルト国際空港を大幅に
拡張)後は閉鎖される予定だ。

白地に黄色の帯のベルリン交通局二連結バスは、Hauftbhanhof(中央駅)を経由し
Unter den Linden方面へ走り出した。快適なバスだ。そして手荷物だけなので移
動が非常に楽だ。川沿いを走り、SバーンやUバーンの駅を経由しながら市内中心
へ向かって走る。

途中、ベルリン中央駅(ワールドカップ・ドイツ大会にあわせて2006年5月オープ
ン)に停車、ガラス張りの新駅舎は他のベルリンの新しい建物同様、ピカピカだ
った。しばらくすると国会や他の政府庁舎が見えてきてその脇を抜けたらUnter
den Lindenに出た。

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■Unter den Lindenで下車
バスの運転手に「Unter den Lindenのフリードリッヒ通り」で降ろしてくれと頼
んでおいた。20数年ぶりのUnter den Linden、日本語に訳すと「菩提樹の木の
下」となる、ドイツ帝国ベルリンの目抜き通りだった。

バスの後方に東西ベルリンの境界だったブランデンブルグ門が見えた。通り沿い
の建物は古い建物は小奇麗に、その間に近代的な建物も混ざっていた。バスの窓
からアエロフロートの大きな看板が見えた、このあたりに旧ソ連大使館があった
と記憶している。

バスの運転手がここがフリードリッヒ通りだというのでそのバス停で降りた。記
憶ではこのあたりを歩いたはず、地図を見ながら現在地を確認した。9月中旬の
清々しい秋晴れの下、中央分離帯にでて周りを見渡した。まったく記憶とは異な
るが確かにここはフリードリッヒ通りとUnter den Lindenの交差点だ。視野を最
大限に広げるとホテルのサインが目に入った、バス停の目の前だがホテルの入り
口はフリードリッヒ通りの1ブロック旧西ベルリン方向、その建物の反対側との説
明があった。

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■The Grand Hotel Berlin
The Grand Hotel, このホテルを選んだのは日本の建設会社(鹿島建設)が冷戦
末期に建設したからだ。

東ドイツ時代の1987年に鹿島建設の子会社であるカジマ・ヨーロッパがターン
キー契約で建設したホテルだ。鹿島はグランドホテルに先立ち、ライピチヒの ホ
テルメルクア、 ドレスデンのホテルベルビューの建設も請け負っている。(請負
形態は情報がないので不明だが)
http://www.kajima.co.jp/tech/hotel/ex/ex2_10/index.html

グランドホテルが竣工したのは私が東ベルリンを訪れた2年後、一度は泊まってみ
たいと考えていた。あれから20年も経ってしまったが2010年9月にベルリンへ行く
目処が立った時点で早速このホテルを予約した。東ドイツ時代のThe Grand Hotel
は、現在は、The Westin Grand Belrinとなっている。(2010年9月)

Friedrichstrasse 158-164 Berlin, 10117 Germany
Phone: +49-30-20270
http://www.westingrandberlin.com/en/

このクラスのホテルにしては比較的リーズナブルな料金体系となっていた。窓か
らはロシア大使館の旗が良く見えた、ということはUnter den Lindenの方向だっ
たのだろう。

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■フリードリッヒ・シュトラッセ(Freidrichstrasse)と高級ブティック
ウンター・デン・リンデンと交差するフリードリッヒ・シュトラッセは東西ベル
リンの国境ポイントだったチェックポイント・チャーリーの延長線上の通り、冷
戦時代からは想像できないほど現在は高級ブティックが軒を連ね、その一角にフ
ランスのデパート、ギャラリ・ラファイエットもある。下記の写真が当時のフ
リードリッヒ・シュトラッセとUnter den Lindenの交差点付近であろう、東ドイ
ツ製の2サイクルエンジンを搭載した小型乗用車は走っていた。
http://1985.iio.org.uk/east_germany/east-berlin05m.jpg

最近はどこの国でもそれほど特徴があるショップの種類は少なく、国際ブランド
のショップによる構成が多いが致し方ないのだろう、それでもドイツブランド健
在だ。ギャラリ・ラファイエットの前に私のお気に入りデザイン系ブックショッ
プであるTASCHENがあった。
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■フリードリッヒ・シュトラッセ駅(Freidrichstrasse bf)
東西ベルリン時代の鉄道での玄関口は、西ベルリンでは動物園駅(Berlin Zoolog
ischer Garten)、東ベルリンでは東駅(Berlin Ostbahnhof)であり、東ベルリ
ンの国境駅がフリードリッヒ・シュトラッセ駅だった。東ベルリンから出国した
とき、この国境ポイントのDDRスタンプがパスポートに押された。

名前こそ何度も聞き、脳裏に焼きついているが、当時、この駅は出国するときに
通過しただけであった。現在は、環状線の乗り換え駅であり、長距離列車が発着
する中央駅へアクセス駅でもあり、乗降客は非常に多い。

構内には日本の駅のようにドイツ国鉄の窓口、ベルリン公共交通の窓口、スー
パーマーケット、本屋、薬局、ファーストフードなど鉄道関係とのショップがテ
ナントとして入居しており、この駅へ行けば概ね必要なことが済まされる。時間
が遅くともマクドナルドは深夜までオープンしており、開いているというだけで
心強い。

■■後記
しばらく時間が経過していますが、ベルリン旅行記、メモを残しておこうと考え
ています。写真のリンクまだ整理が付いていないので、ベルリン・レポートの最
後までにはなんとかアップロードしたい。

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メールマガジン「世界の街角からMM」第96号 2011年4月3日
発行責任者:飯尾彰敏 Copyright(c) Akitoshi Iio All Right Reserved.
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