Saturday, 28 May 2011

【世界の街角からMM】第102号 ソフィア・レポート 2011年5月27日

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第102号 2011年5月27日
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5月初旬、エレバンとソフィアへ所要で赴いた。そのときのソフィア・レポートで
す。
▼目次
■ウィーン空港がオンラインシステムダウン
■ソフィアに荷物届かず
■EU加盟したブルガリアへ
■ソフィアのホテル
■■後記
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★スライドショー(新緑のソフィア2011年5月)
http://www.flickr.com/photos/yha229/sets/72157626651499651/show/

■ウィーン航空のオンラインシステムダウン
ウィーンに到着し、ソフィアへの乗り継ぎ便のチェックインをしようとオースト
リア航空のカウンターへ行ったらオンラインシステムがダウンしているのでしば
らく待つように指示された。ここで、手書きの搭乗券が発券されたが、乗り継ぎ
便まで4時間ほどあったので空港内のカフェで待つことにした。

手書き搭乗券は席が決まっていないので落ち着かず、何度もカウンターへ確認に
行くもダウンしたまま、そのうちに搭乗時間が来たのでセキュリティチェックへ
進みゲート内で待つことにした。

ゲート内のカウンターで席がどうなるのか確認すると、これまた手動で席番号の
シールを手書きの搭乗券に貼り付けて席が決まった。どうやらダウンしたシステ
ムは直ぐには回復しないようだった。このまま、搭乗となったが手動で搭乗手続
きを行っているので時間がかかり、30分以上出発が遅れた。

この手書き搭乗券、手動での席の指定は、20年以上前にどこか途上国で経験して
からこのようなことはなかったが、正常に機能していた。

■ソフィアに荷物届かず
ウィーンからソフィアへは1時間半のフライト、ソフィア空港はターミナル2に到
着した。ターンテーブル前で待つものの私の荷物が出てこない。ウィーンでス
ルー荷物の確認ができていなかったので若しやとは思っていたが現実となってし
まった。

係員にエレバンでチェックインしたときの荷物タグを見せ、確認を依頼したとこ
ろ、タグに記載されている乗り継ぎ便の便名がウィーンからソフィアへの便名で
はなく、復路のソフィアからウィーンへの便名であることがわかった。

アルメニアではこのような不手際が頻発するので、ウィーンで必ず確認するのだ
が、今回はウィーン空港のオンラインシステムがダウンしていた影響で確認が出
来なかったのだ。何らかの間違いがある場合はこの確認で通常は修正できる。

Lost & Foundの書類に記入し、現在、どこに荷物があるか確認してもらった。そ
したら、案の定、ウィーン空港に留め置きされていた。これを次のフライトでソ
フィアへ送ってもらい、ホテルまで運んでもらうよう手続きして外へ出た。

ソフィア空港ターミナル2はEIBの融資により実施されることを聞いていたが、EU
へ加盟する直前の2006年末にオープンしたようだ。以前のオンボロターミナルか
らみれば格段にサービスレベルが向上した。

■EUに加盟したブルガリア
ここからが本題です。

ソフィアには、雲助タクシーが多いので空港のカウンターを通してタクシーを予
約したほうが良いとソフィア空港のウェブサイトに説明があった。到着後、カウ
ンターへ行くと2社あり、OKタクシーを予約、国会の前にあるホテルまでは8レバ
(USD=1.33レバ)とリーズナブルであった。ちょっと驚き。

20分程度でホテルに着いた。

この季節、ソフィアの街路樹に多いマロニエの花が咲き、そよ風に揺れる新緑が
爽やかでした。

1996-97年にここで仕事をしていた時と比較すると表面的ではあるがかなり状況
が回復しているような印象を受けた。

それは通貨が安定(カレンシーボードの導入による通貨管理、インフレ抑制な
ど)し、公共・民間投資がある程度進捗しているとの印象を持ったからであろう。
かつてマフィアが経済を牛耳っていたが今回はそこまでは聞けなかった。

ブルガリアは、2007年1月にルーマニアと同時にEU加盟している。かなり背伸び
して加盟したような印象が残る、加盟したことにより多くの技術者が他のEU諸国
へ流出していることは否めない。私の友人も現在ベルギーで働いている。

円借款が一部供与されているソフィア地下鉄も2009年に開業(一路線だけ)、新
築・改装したビルが目立ち、ホテルが増え、米国系ファーストフードが増えた、
マクドナルド、当時は1店だけ、カフェやレストランも増えた、かなり西ヨーロ
ッパナイズされた印象だ。ヴィトーシャ通りは歩行者専用になり、西ヨーロッパ
と変わらないブランドのショップが目に付いたがその数は多くはない。

1990年代は査証が必要であり、空港でも取れたがUSD96支払う必要があった。その
後、日本国籍は査証免除になった記憶だが定かではない、今はEUに加盟したこと
で日本国籍所有者は査証免除である。

1996/97年は最悪の経済状況でありハイパーインフレの結果、カレンシーボードが
導入されドイツマルクに固定された。そして、デノミが実施され、新通貨である
新レフ(BGN)が導入された、これが98年であろうか。

変わらないこともある、旧市街の古い建物はそのまま(朽ちたまま)、老人の物
貰いの多さ。トラムやバスは当時の車輌を維持管理してなんとか使っているよう
だ。

今回の滞在目的は数日なのでソフィア以外へは足を延ばしていない、ブルガリア
の魅力は地方だろう。また訪れたい国だ。

▼ソフィア空港改修プロジェクト
2006年8月に新滑走路がオープン、遅れて新ターミナルが2006年12月にオープンし
た。総事業費200 mil. EURのソフィア空港リコンストラクション・プロジェクト
は新旅客ターミナル及び第2滑走路の建設から構成され、1997-98年に融資が決ま
った、その内訳は、EIB (60 mil.EUR), Kuwait Fund (41.5 mil. EUR(12.3 mil.
Dinar), EU PHARE (7.6 mil.EUR)を融資、ISPA (Instrument for Structural
Policies for Pre-Accession)が50 mil.EURを無償供与した。

新ターミナルの建設はオーストリア企業のドイツ支社Strabagが受注、第2滑走路
の建設はクウェート企業であるMohamed Abdulmohsin al-Kharafi & SonsとUAE企
業であるAdmak General Contracting Companyのコンソーシアムが受注した。

ソフィア空港
http://www.sofia-airport.bg/default.aspx

▼ソフィアの地下鉄
中心部の地下部に円借款が供与されている。
http://www.jica.go.jp/press/archives/jbic/autocontents/japanese/news/2002
/000015/appendix.html

1997年当時、地下鉄は建設中だった。3路線計画され、1号線から着工された。200
9年9月時点で14駅、総延長18kmが開通している。

日本政府は「ソフィア地下鉄拡張計画」として128億9,400万円を限度とする円借
款をブルガリア政府へ供与、L/Aが2002年2月4日に結ばれている。

地下鉄自体は1960年代から計画があったが共産主義時代には建設に至らず、1998
年1月になってやっと6.5km、スリヴニツァ大通りからリューリンを通ってコンス
タンティン・ヴェリチコフ駅へいたる5駅の区間が開通した。

拡張事業は、1号線の新規建設区間(第7-第16駅区間、約11.1km)の建設によって、
市中心部を貫通の上、東側住宅地まで延長するものである。円借款対象事業区間
はソフィア市が経験の無いシールド工法を含む施工を必要とする第7駅から第9駅
までの約2.1kmの区間である。施工は大成建設が請け負った。

隣国、ルーマニアの「ブカレスト国際空港アクセス鉄道建設事業」に418.7億円の
円借款を昨年(2010年3月10日)調印している、東欧ではブルガリアのソフィアに
次ぐ都市交通への融資となっている。
http://www.jica.go.jp/press/2009/20100311_01.html

両プロジェクトとも、最後の円借款案件であろう。

ソフィア地下鉄
http://www.metropolitan.bg/bg/

■ソフィアのホテル
思いで深いのは通称ビトーシャホテル、今はケンピンスキー・ザグロフスキーと
グロリア・パレスホテルだ。両方とも1996/97年に宿泊していた。今回、ケンピン
スキー・ザグロフスキーへ予約しようとウェブを確認したが満室、あれほどの部
屋数があり予約が入らないということは考えられないのだが。

当時、VISAカード取り扱い銀行が破綻して、キャッシュの持ち合わせがなくケン
ピンスキー・ザグロフスキーから廉価なグロリア・パレスホテルへ移ったがこち
らも顕在だった。

今回は、国会の前、ネフスキー寺院に近いRaddison Blu Grand Hotel Sofiaにし
た。当時はGrand Hotel Sofia、改装され10年前からRaddisonとなっている。

その他、ソフィアには改装したホテルや新たに開業したホテルが目立った。特筆
すべきは、中で、NDK近くの公園内に世銀の融資によりオープンしたヒルトンホテ
ルである。

宿泊料金は供給が増えたからなのだろう、高級ホテルは比較的安めで安定してい
るが、ウィーンと比較すると中級ホテルではあまり変わらない料金設定となって
いる。

▼Kempinski Hotel Zografski
最初は、ホテルビトーシャ・ザ・ニューオータニ(Vitosha New Otani)という名
称だった(1979年)。客室数442室、21階建て。黒川紀章氏の設計。私がチェック
インしたときの名称はインターコンチネンタルホテルだったが、途中でこの名前
になった。ブルガリアからの移民でドイツで成功した企業家ザグロフスキー氏が
買収したからだ。

このホテル事業には、日本政府が日本輸出入銀行を通して融資している。当時の
社会党幹部が関係していたのではないだろうか。

Kempinski Hotel Zografski
http://www.kempinski.com/en/sofia/Pages/Welcome.aspx

Gloria Palace Hotel
http://www.gloriapalacehotel.bg/

Raddison Blu Grand Hotel Sofia
http://www.radissonblu.com/hotel-sofia

■■後記
トラブルは出張には付き物だが、ウィーン空港のオンラインシステムダウンは想
定外だった。しかし、時間が掛かるものの手動でも問題なく手続きできるものだ
と関心した。

ブルガリアは既にEU加盟国、されど、経済状態は90年代よりはかなり改善されて
いるものの町の様子を見る限りではまだまだ低迷しているのではと思われた。

ソフィア地下鉄が円借款最後の案件になったようだが、資金需要はまだまだある
のではないだろうか、しかし、円借款供与の説明が付かないのだろう。というこ
とは、国際協力銀行の出番となるのか。今後も南東ヨーロッパ地域、継続して関
係を維持していくことが重要では。そのツールとして政策融資というのもありで
はないだろうか。

既に韓国がこの地域、積極的に活動している。日本の市場拡大などを考慮しても
十分に妥当性が見出せると考えるのは無理があるのだろうか。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第102号 2011年5月27日
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