Sunday, 27 November 2011

【世界の街角からMM】第123号 アスンシオンにて(4) 2011年11月27日

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メールマガジン「世界の街角からMM」       第123 20111127
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20119月下旬から南米の内陸国パラグアイのアスンシオンに滞在している。日
本からだと丁度地球の裏側になる。この国での滞在メモ、アスンシオンにて、そ
4です。今回は日本との関係で重要な日本人移住のことです。

▼目次
■パラグアイへの日本人移住略史
■日本政府の支援
■日本人移住者とパラグアイ経済
■■後記
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前号でも触れたパラグアイにおける日本人移住の歴史、もう少しパラグアイとの
関係を含めて現状をレポートしておこうと思う。

パラグアイへの移住は第2次世界大戦を挟んで二つに分けられ、戦後は1952年に
移住が再開され、南部のイタプア県に入植が始まった。

一時、コーヒー農園の農業労働者としての移住を行ったが数年後に農園が倒産し
た失敗から、土地を所有する農業経営者としての移住が行われた。

時は、日本が高度経済成長へ向かう時期だった。

移住政策は雇用対策の一環として行われたことから、国内経済が回復し成長して
いくことで激減しているが、パラグアイの場合1991年まで継続している。

現在にいたっては、日本人移住者は数百ヘクタールの農地を所有し、大型農業機
械を導入、農業法人的な規模での農業がおこなわれ、移住者はその経営に注視す
ることとなり自らの農地に赴く人は少ないと聞く。

現状が把握できればと思い机上での資料を読み概略をまとめることとした。参考
資料が、移住者側からのものが多く、客観的な視点では次回以降となる。

■パラグアイへの日本人移住略史

▼移住開始
1936年、ブラジル政府が新規移住制限(1934年)を設けたため、移住先としてパ
ラグアイが検討され、アスンシオンから南東約130km、現在のラ・コルメナ地区
の土地購入を決定、1936年にパラグアイ政府はブラジル拓殖組合に対し、日本人
移民100家族を受け入れる許可を出した。

ブラジルで入植経験がある4家族33名の日本人が、新移民を指導する目的で、
ラ・コルメナ移住地に到着、その後4家族36名が到着した。

1936812日、日本から最初のパラグアイ移民として11家族81名が到着した。
第2次世界大戦により日本人移住が途絶える1941年までに123家族790人が移住し
た。

▼戦後の移住
1952年にパラグアイ政府が日本人移住受け入れ再開を決定し、戦前の移住地であ
るラ・コルメナ地区へ18名が入植した。

また、パラグアイ政府は南部開発のためイタプア県に新たにチャベス移住地を新
設し、入植を許可した。

1955年、イタプア県フラム移住地への入植を開始

1956年、フジ移住地、

1956年、アマンバイ県CAFECompania Americana de Fomento Economico)農園
への契約雇用農民(コーヒー栽培)として、137家族の日本人が入植、しかし、3
年後に同社は倒産したため、アマンバイ移住地の入植者は他の農作物の生産や商
業に従事することになる。

1957年、ラ・パス移住地、サンタ・ロサ移住地にまで拡大した。

1959年、日本・パラグアイ両国政府は、「日本・パラグアイ移住協定」を締結し、
以降30年間に亘って85,000名の日本人移住者の受入が決定される。

1960年、現JICAは、現在のイタプア県ピラポ地区に土地を購入し、26家族が入植
した。

1961年、アルト・パラナ県イグアス地区に約87,000haの土地を購入。イグアス移
住地は、パラグアイで最大の移住地となった。

現在、人口規模ではピラポ移住地が最大となっている。

イグアス移住地(87,700ha182世帯、832人)
ピラポ移住地(84,000ha235世帯、1,279)

地方の移住地の他、アスンシオン市及び近郊には2,000名を超える日系人が居住
し、エステ市及び近郊に130人、エンカルナシオン市及び近郊に340人の移住者が
居住している。

都市と地方(居住地)との比率は。都市に約2500人(38%)、移住地に約4000
62%)となっている。都市近郊では農業従事者が多く、純粋に都市住民として
はそれよりかなり下回るのと推測される。

パラグアイの日系人の合計は、1,506世帯、6,479人(JICA)となっている。パラ
グアイ全人口に占める日系人は、約0.1%ととなる。

■日本政府の支援

パラグアイの大豆生産増加に向けてパラグアイの土地に適合した新種の大豆開発
を行うために技術協力として以下の事業をイタプア県で実施した。その他、不耕
起栽培技術の導入により、土地浸食の防止、コストの最小化、生産量増加を達成
でき、農業技術に革命的な変化がもたらされた。その結果、大豆は、パラグアイ
の主要輸出作物の一つとなった。

1) CRIACentro Regional de Investigacion Agricola、地域農業研究セン
ター)
2) CEMACentro de Mecanizacion Agricola、農業機械化センター)
3) CEDEFOCentro de Desarrollo Forestal、林業開発訓練センター)

この他、日本政府は、農産品の輸送や生産・商業化促進をはじめ、農業基盤など
のプロジェクトを支援してきた。

参考:在パラグアイ日本国大使館

日本人移住を支援していた移住事業団は、国際協力事業団に統合され、現在は、
日本のODA実施機関として国際協力機構(JICA)という名称になっている。

JICAパラグアイ事務所によれば、重点地域と言うのがあり東部4県を指定してい
る。この4県には、日本人移住地がほとんど含まれている。

JICAパラグアイ事務所

これまでの対パラグアイ国への支援累計

■日本人移住者とパラグアイ経済

日経移住者が大豆栽培を導入したことにより、最大輸出産品となりパラグアイ経
済への貢献が盤石なものとなった。

農業に従事している日本人移住者は、パラグアイの農業従事者の約1%に相当し、
大豆栽培でいえば全国生産量の2.3%2006年)、小麦に至っては7%2007年)を
日系人が生産している。

移住者によるトマト、大豆、小麦及び卵の生産は、パラグアイの農業に多大な貢
献をしている。特に大豆輸出に関しては、日系人が果たした役割は非常に大きい。

チャベス移住地、フラム移住地に入植した移住者は、当初、近隣のドイツ人移住
者の農業を模範とし、短期作物であるトウモロコシ、長期作物である油桐やマテ
(茶葉)を栽培していましたが、当時の農産物価格は非常に安く商業化は上手く
いかなかった。

その状況下、移住者は模索し、日本から持ってきた大豆の種子で自給自足用に大
豆の栽培を始めた移住者がいた。この大豆が豊作となったことに農協が注目し、
大豆を移住者の主要農作物として輸出する方法を検討し始めたのです。

1959年年2月、イタプア県農協会を構成するチャベス、フジ、ラパス、サンタロ
サの4移住地の農協が協議を行い、大豆輸出を開始したことでパラグアイ産大豆
が注目を浴びるようになった。

現在では、最大輸出品目となり、大豆関連産品で輸出の約80%を占めるほどに成
長し、パラグアイ経済の大黒柱に成長している。

その他、日系人移住者は、蔬菜類、穀物、柑橘類などの短期作物・長期作物の生
産や養鶏など、様々な農業分野で活躍している。

野菜や果物類がパラグアイ社会に浸透したのは、ラ・コルメナ移住地の日本人が
導入したと一般のパラグアイ人は感謝の気持ちをよく表現するし、スーパーで見
かける鶏卵は、Maeharaと刻印が押してあるのがほとんどだ、これは日系人の鶏
卵業者である前原農場の生産である。

■■後記
移住の歴史は、日本がまだ途上国であった時期に雇用対策として始まったと聞い
ている。それは太平洋戦争前のことであり、戦後は高度経済成長となる1960年代
初頭までではないかと思う。パラグアイの場合、この移住事業が90年代初頭まで
細々と続いていたのは、お役所仕事だったからだろうかと思う。

なぜ止めてしまうのか、日本で補助金農業をやっているくらいならばもっと農業
移住を推進させることにより、日本の農業を活性化できるのではないだろうか。

それから多くの国立大学に農学部があるが、農業以外の業種に進むのならば農学
部の意味がない、卒業生をもっと海外へ送る支援をすれば、これまた日本の農業
に刺激を与えられるし、大学ももっと国際化するんだろう。

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