Saturday, 26 December 2009

世界の街角からMM 第43号モスクワ・レポート2 2009年12月13日 

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第43号 2009年12月13日
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11月21日から24日にかけてモスクワへプチ旅行を挙行した。新生ロシアの首都モ
スクワを垣間見たモスクワ・レポート2です。
▼目次
■モスクワのホテル
■赤の広場とGUM
■Ul.Tverskaya ツベルスカヤ通り
■モスクワのマクドナルド
■日本食レストランの現実その1
■■編集後記
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■モスクワのホテル
シェレメツェボ空港からベラルーシ駅までAeroexpressで、そこから地下鉄で移動
した。土曜日早朝にもかかわらず、かなりの乗客だ。ベラルーシ地下鉄駅から一
度乗り換え、Vladkinoへ、駅は住宅街の中、鉄道の環状線に隣接している。丸い
駅舎が特徴的、こういうデザインはソヴィエト的だな。直ぐ隣が植物園なのだが
どこが入り口かよくわからないほど広大そうだ。
(地下鉄:Belorruskaya-Novoslobodskaya/Mendeleyevskaya-Vladkino)

地図を見ながら住宅街を抜け、放射大通り(Altufyevskoye Shosse)を渡り、Riga
シネマ(ソヴィエト建築)を左にそして右に回ると1ブロック先にあるZaryaとい
うサインが見えた、そこがホテルだ。ホテルの前は並木道で夏だったらどんなに
すばらしいだろう。この地区、大通り沿いにAltai Hotelのサインが見えたが他に
もホテルがいくつか立地している。

モスクワでのホテルは、タシケントの旅行会社へ問い合わせたところ、かなり高
い料金が提示され、そんなに高いわけがないだろうとwebで宿泊料金を確認したと
ころ、旅行予定の日付だと51Euroというかなりリーズナブルなオファーが表示さ
れ、旅行会社は切り捨てて(約2倍の提示だった。)、メールを送り予約状況を
確認し、併せて査証取得サービス(R750)を確認した。11月下旬はオフなので最安
値圏、エキジビション等があると安い部屋から埋まっていくため予約が取りにく
くなるがそれでもオフシーズンだ。200室程度あるホテルなので楽観的ではあった。

ホテルは、下記のホテルでモスクワ市内に4ホテルある。地下鉄、Vladkino駅から
500m、モスクワの北部、直線距離ではシェレメツェボ空港にも比較的近い。

Maxima Hotel Zarya
http://www.maximahotels.com/zarya.htm

■赤の広場(個人的に感動)
ホテルにチェックイン後、朝食を軽く取りながら散策会議をロビーのカフェで行
い、先ずは、赤の広場へ行こうと事前打合せのとおり移動を開始する。
(地下鉄:Vladkino-Chekhovskaya/Tverskaya-Teatralnaya)

Chekhovskaya/Tverskayaで乗り換え、一つ目の駅Teatralnayaで降りる、この駅は
ボリショイ劇場の前に位置する。小雨が降る気温2-3度のお天気ながら、そこ
から人の流れが自然と赤の広場へ向かっていたので特に迷うことなく流れに乗っ
て辿り着いた。1985年のときもそうだろうな、ホテルで行き方を聞いて地下鉄に
乗った。

◆赤の広場回想
赤の広場、個人的には感慨深い。20数年前、この広場を訪れたからだ。季節が違
えどその時間経過の中での変化を思うとただただ佇んでいたいと思ったが、現実
は寒い。

「1985年7月9日、爽やかな夏の日、モスクワの赤の広場に立った。今も記憶は鮮
明だ。前日の夕方、ナホトカ航路シベリア鉄道でユーラシア大陸を横断し、モス
クワに到着したばかりで勇んで宿泊していたBDNKhのコスモスホテルから地下鉄で
赤の広場まで行った。」

赤の広場は長方形で7.3haある。短辺のツベルスカヤ通り側に歴史博物館、その対
面、モスクワ川側に聖ワシリー寺院、長辺はクレムリンとGUMである。そしてクレ
ムリン側中央にレーニン廟がある。広場は石畳で緩やかにモスクワ側に向かって
傾斜している。子供のころブレジネフ書記長が中央に立ち軍事パレード(5月1日の
メーデーと11月7日の革命記念日)が行われている様子はTVで見た記憶があるが今
は昔だ。

結婚式を挙げたカップルが結婚登録(挙式)後に記念撮影のため訪れる定番地で
あり、小雨の降るお天気ながら数組のカップを見かけたことはソヴィエト時代と
変わっていない行事のようだ。

*事件簿****************************************************************
1987年5月28日に西ドイツの青年マチアス・ルスト(当時19歳)の操縦するセスナ
機がヘルシンキから飛び立ち、赤の広場に強行着陸する事件が起きた。ルストは
自由剥奪4年の実刑判決を受けるが翌年国外退去処分となる。小型機の侵入を防げ
なかったことでソ連軍は防空体制の甘さを糾弾され、セルゲイ・ソコロフ国防相
はじめ防空軍総司令官らが更迭された。この事件は、当時のゴルバチョフ政権に
とっては改革に反対する軍部の保守強硬派幹部を更迭する理由として、むしろプ
ラスに働いた。(wiki)
******************************************************************

ちなみにクレムリンと赤の広場は世界遺産に登録されている(1991年)。

山本寛齋(1993年)やポール・マッカートニー(2003年)がここでイベントを開
催、旭硝子のCMにも赤の広場が使われている。AGC、AGCと連呼するマトリョーシ
カは印象に残っている。

◆レーニン廟
今回も時間なくパス。設計者であるAlexey Shchusevはウズベキスタンの首都タシ
ケントにあるナボイ劇場の設計者でもある。ナボイ劇場は第二次世界大戦後、日
本人抑留者が建設に従事した代表的な建築である。

◆クレムリン
クレムリンというのは城塞を意味するロシア語であり、帝政ロシア時代、ソヴィ
エト時代を通して政府中枢がこの城塞内にあった。現在はロシア連邦の大統領官
邸と大統領府が置かれている。

クレムリン宮殿内に武器庫があり兵器の展示と合わせて美術工芸品や貴金属類が
展示されている。明治天皇がニコライII世の戴冠式に贈った象牙の鷲と刺繍入り
の屏風も所蔵されている。

クレムリンの尖塔にはロシア国旗が掲揚されていたことが前回と大きく異なる点
だった。今回も中には入らず仕舞い。

■GUM
GUMは、ロシア語のState Department Storeの略である。赤の広場の長辺に沿って
クレムリンと対峙する位置に19世紀末に建設された細長い建物巨大な建物だ。3階
建て、3列のアーケードから構成されている。天窓があり照明を取り込む構造とな
っている。ヨーロッパでもこのような規模の歴史的な商業施設は記憶にない。

1985年にモスクワに来た時はこの建物が何なのかわからなかったが、堂々と赤の
広場に面しているので不思議に思っていた。それで人の流れを良く見ていたらか
なりの人がこの建物に吸い込まれていくのでその流れに乗ってみたらアーケード
だった経緯がある。建物は同じだがテナントは当時の面影はない。当然のことだ
が。

現在のテナントは高級ブティックやインターナショナルブランドのショップが多
く、ショーウインドウの性格が強いのでは。

Red Square tel. (+7) 495 788 43 43 Open 10:00 - 22:00.
Metro station: Pl. Revolutsy

http://www.gum.ru/en/

■Ul.Tverskaya ツヴェルスカヤ通り
東京で言えば銀座だろうと聞いたツベルスカヤ通りだが、青山辺りを一緒にした
ような印象だった。

道路復員が広く反対側とのリンクはあまり感じられず、片側ごとに完結している
ような印象だった。あまり時間なく本屋とレストランに立ち寄った程度、時間も
遅く直ぐに暗くなってしまった。

オポトニリャト駅からプーシキンスカヤ駅までも歩いていないので出直し対象だ
な。

■モスクワのマクドナルド
ツヴェルスカヤ通りでPCショップを探しているときに「M」のサインが視野に入っ
たので入ってみた。盛況、盛況、席がない。暫く待ったら4人席が空いた。ほっと
一息、ビックマックバリューセットを注文、R.137だったか、日本より若干安めだ
ろう、ボリュームはドリンクとフレンチフライの量が多いのでこちらのがある。

場所:
http://maps.google.co.jp/maps?q=moscow+mcdonalds&gl=jp&hl=ja&cd=1&ei=6OEk
S9XPMOG8jAfSo9n7DQ&sig2=Lh3yhcyEf7dgQssNPQW3VA&sll=55.758946,37.610543&ss
pn=0.006295,0.006295&brcurrent=3,0x0:0x0,0&ie=UTF8&view=map&cid=378506336
1235450874&ved=0CBAQpQY&hq=moscow+mcdonalds&hnear=&ll=55.75965,37.610536&
spn=0.008222,0.016029&z=16&iwloc=A

ツヴェルスカヤ通りをもう少し北へ行ったプーシキンスカヤにあるマクドナルド
は一日3万人が利用する世界でも最大の売り上げを誇るようである。
http://www.mcdonalds.ru/

■日本食レストランの現実その1
夕飯はこの辺りで食べようということになり、さて、どこへ行くべきか、安易に
地球の歩き方に掲載されているツベルスカヤ通りの和食レストラン「銀の瀧」に
行くことにした。

ちょっと油断をするとこういうことになるという例がこの選択だ。新しい都市で
はその土地に暮らしている人の意見や英語のガイドブックを調べるのだが、今回
は安易に決めてしまった。

ロシア人の目線だとこの店の出す食事が日本食なのだろうが日本人の目からする
と完全に擬似日本食、しかも料理が冷めていた。かなり遠い遠い日本食なので期
待しなければ、若しくは、巻物程度ならば、クリエイティブなメニューが多い、
納得ができるかもしれない。

しかし、この内容でかなり客が入っていることから、これが日本食と受け取られ
ているのだろう。ウエイトレスの数が少なくサービスレベルは非常に低い。クレ
ジットカードの支払いができるとの説明だったが結果できなかった。私からはお
薦めできない店だ。

web情報(2002年)からこの店は「養老乃瀧」が経営指導したとのことだが既に指
導は終了したのだろう、この質からはそう感じた。
http://www.gin-notaki.ru/
http://www.dostavkasushi.ru/

■■編集後記
ツヴェルスカヤ通りはもっと時間を取って散策すべきでしたね。それから、日本
食の普及度には驚いたが質の維持が課題だろう。

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メールマガジン「世界の街角からMM」第43号 2009年12月13日
発行責任者:飯尾彰敏
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世界の街角からMM 第42号モスクワ・レポート1 2009年12月9日 

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メールマガジン「世界の街角からMM」        第42号 2009年12月9日
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11月21日から24日にかけてモスクワへプチ旅行を挙行した。新生ロシアの首都モ
スクワを垣間見たモスクワ・レポート1です。
▼目次
■回想モスクワ1985年、モスクワ・ヤロスラブリ駅到着
■新生ロシアの首都モスクワ
■シェレメツェボ空港
■モスクワの地下鉄
■■編集後記
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■回想モスクワ1985年、モスクワ・ヤロスラブリ駅到着

1985年7月8日、午後4時40分、モスクワ・ヤロスラブリ駅に到着した。横浜港を出
てから足掛け10日目、途中イルクーツクで一泊したが、にしてモスクワへ到着。
モスクワはユーラシア大陸を横断するシベリア鉄道の終着駅であり、ヨーロッパ
各都市への始発駅でもあった。

2番線だろうか、プラットフォームに降り立ち、長時間の列車旅行でまだ足元がし
っかりしない状態で荷物を背負い、遠くに見える東欧によく見られる建築様式の
駅舎(屋根に特徴があった)へ向かって歩き始めた。

この駅にはインツーリストの事務所があり、そこへナホトカから一緒だったイン
ツーリストの添乗員マリーナらと出向いた。

バウチャーの説明では駅からホテルまでの車が用意されていた。私を担当したイ
ンツーリストの職員はナターシャといい、モスクワ大学東洋学大学で日本と日本
文化を学んでいる女学生、夏休みの間アルバイトをしていると説明された。

ナターシャは、日本に滞在していた経験があり、子供のころNHKのロシア語講座に
も出演していたそうだ。車が来るまでそんな世間話をして過ごした。

しばらくして、車が来てしまった。もう少し話をしたかったがそういうわけにも
いかず、手配されたラーダより大きなボルガというブラックのセダンの後部座席
に押し込められてしまった。

ホテルは、BDNKhの前にあるモスクワオリンピックに合わせて建設されたコスモス
ホテルだった。どこをどう走ったのか記憶にないが、車は非常に少なく道路は非
常に広くヨーロッパのようなモスクワの町並みと箱型のビル群、多分住宅だろう、
が窓から過ぎ去っていった。

続きはこちらのサイトにあります。
http://1985.iio.org.uk

■新生ロシアの首都モスクワ
実に1985年7月以来となるモスクワ、既にソヴィエト連邦は崩壊し、新生ロシア連
邦の首都として顕在している。今回は、ウズベキスタンのタシケントからモスク
ワへ旅行した。飛行時間4時間、もちろん航空会社はアエロフロートを利用した。

体制が崩壊して十数年、既にショック療法による市場経済化の推進は、エリツィ
ン政権下でのマクロ経済政策の失策からプーチン政権に移行してからの経済運営
の成功により完全に立ち直ったかのように私の目には映り、モスクワは最早ヨー
ロッパを代表する大都市のような印象だった。

20数年前のモスクワはもう完全に過去のものとなったのか、道行く人々や高級ブ
ランドのウインドウ、広い道路を走るヨーロピアンブランドの自動車等、地下鉄
や建物以外当時の面影はなく、ヨーロッパの一都市と変わらない。シェレメツェ
ボ空港も然り、第2ターミナルが増設され、現在、第3ターミナルがオープン間近
だという。

今回のプチ・モスクワ旅行はこちらに詳細を説明しています。(多々、準備中も
ありますこと、ご了承のほどを。)

http://moscow.iio.org.uk/index.html

■シェレメツェボ空港
悪名高きシェレメツェボ空港、ソ連時代はトランジットでしか利用しなかったが
今やその面影は名称のみだ。共産主義時代のパスポートコントロールは、かなり
時間がかかった、パスポートの写真と本人をじっくり2-3度凝視されたものだ。

今回、当然確認はするもののすんなりと、特に待ち時間も長くなくスムーズな手
続きだった。タシケント空港と比較すると、タシケント以外のどこの空港でもそ
う感じるのだろう、非常に快適と思えてしまう。

既にシェレメツェボ空港は第2ターミナルが供用され、近々第3ターミナルがオー
プンする予定である。

我々が到着したのはシェレメツェボ空港第2ターミナル、午前7時過ぎだったがま
だ深夜のと同じような暗さ、入国手続き、税関(申告なし)を経て新生ロシアへ
入国した。

そして両替所を探す。出たところに銀行窓口があり、100米ドルを両替した。税関
の手前にも両替所があるがレートが非常に悪い。

そこから、Aeroexpressの駅を探す、サインには従うとどうも外のようだ。ターミ
ナルビルから外へ出た正面にAERO EXPRESSのネオンサイン、小雪交じりの早朝、
まだ連絡通路が工事中のため所々歩道を歩く。振り返ると少し明るくなってきた
空を背景に「Sheremetyevo 2」という赤色のサインがビルの最上階に見えた。

シェレメツェボ空港
http://www.svo.aero/en/

■Aeroexpress(空港から市内への移動)
2007年9月、Savelovsky駅とSheremetyevo空港を接続していた鉄道がBelarusky駅
まで延伸が決定され、2008年6月、新駅舎の竣工とともにSheremetyevo1-2空港か
らBelarusky駅までAero Expressという直通列車の運行が開始された。

今回、この列車を利用、タクシーに乗らなくてもホテルまでは辿り着ける。運行
頻度は30分毎、ベラルーシ駅まで所要35分、駅はターミナルの地下ではなく外に
あり、少し歩くがこの程度は至便の範囲だろう。改札の前にスタバがあり、

その他のモスクワの空港へもAeroexpressが運行している。Vnukovo空港へはキエ
フ駅、Domodedovo空港へはPaveletsky駅と接続している。

http://www.aeroexpress.ru/en/

Domodedovo空港
http://www.domodedovo.ru/en/

Vnukovo空港
http://www.vnukovo.ru/eng/index.wbp


■モスクワの地下鉄
Belarusky駅でAeroexpressを降り、Belarusskaya地下鉄駅へ向かう。駅からでて
少し歩くと「M」のサインが見えた。地下鉄駅までは、両替所やキオスクなど集中
し人通りが多い。

モスクワの地下鉄は1935年に開業、現在、12路線、総延長292,2km、一日9915本の
列車が運行され、一日あたり約900万人の乗降客数である。最短の運行頻度は90秒
と東京メトロよりも運行頻度が高い。地下鉄は、モスクワの都市交通機関におけ
る乗降客数の57%を占め、駅は宮殿のような装飾が施されていることでも知られて
いる。

1985年当時の運賃は5カペイカ(1ルーブルの100分の1)、今回はR22(1回券)
だった。荷物があるとR22追加。回数券(Multi-ride-ticket)があり、例えば10
回分でR200、20回分でR380と割安かつ窓口が混んでいるので回数券は移動には必
須である。タクシーだけでの移動ならばその限りではない。

今回、3日間なので20回券を購入、紙のカードを手渡された。磁気で回数券の情報
が書き込まれているのだろう、改札にある検札用接触部(非接触ではない)に
カードを接触させると残回数が表示される。旨く、検知されないとストッパーが
降り通過できない。

Moscow Metro
http://engl.mosmetro.ru/

■■編集後記
1985年以来のモスクワ、どうしても比較してしまうが、現在のモスクワを探索し
ようと心がけたプチ・モスクワ旅行、引き続き、モスクワでの印象、レポートす
る予定です。
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メールマガジン「世界の街角からMM」第42号 2009年12月9日
発行責任者:飯尾彰敏
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