2023年7月1日土曜日

【世界街角通信MM】第389号 東京にてetc.-2023-07-01

★☆☆メールマガジン【世界街角通信MM】第389号 2023年7月1日★★★

皆さま、こんにちは、世界街角通信MMです。
東京にて気になったことなど備忘録的に書いています。

▼目次
■ソ連時代のキエフの思い出
■中目黒駅前の歯科と再開発
■■編集後記

★本文★

■ソ連時代のキエフの思い出

1985年7月10日、モスクワ・キエフ駅からドニエプル号という夜行列車でキエフ
に翌朝着いた。それから、インツーリストの事務所へ行き、ボルガのタクシーで
ホテルへ。この写真は駅を出たところ、振り返って後部座席から駅舎を撮影した。
下記写真参照
https://eastriver229.blogspot.com/2023/06/blog-post_28.html

1985年7月10日、早朝、モスクワから乗った夜行列車ドニエプル号は「ゴトン、
ゴトン、ゴトン」とドニエプル川の鉄橋をゆっくりと渡り、その先のキエフ駅へ
滑り込んで行った。ソ連国内では自由な移動が制限されており、駅や空港に付い
たらインツーリストオフィスへ行くことになっていた。そこには、予約した私の
名前があり、予約したスケジュールに沿って交通機関やホテルが手配されていた。
それはそれで素晴らしいと思ったが、予定を変更するとどうなるのか、試す勇気
はなかった。

というのもキエフに至るまでに既に警察(民警)の世話になり、これはハバロフス
ク駅前で写真を撮っていて警察署へ連行され、危うくシベリア鉄道に乗り遅れる
ところ、ハバロフスクに置いてきぼりにされかけたところを間一髪で予定通りの
ロシア号に間に合ったのだ。正確には1時間程度もロシア号を待たせた、これは、
添乗していたインツーリストのスタッフ(当時はウラジオストク極東大で日本語
を学んでいた女学生マリーナ、夏休みだったので国家に奉仕するアルバイトだっ
た)が、ぎりぎりまで待たせてくれたからに他ならない。というのは民警のUAZ
(ジープのようなデザイン)でホームへ走り込んだ時、私のバックパックが降ろさ
れ用としていたからだ。

ドニエプル号がキエフ駅のホームに停車し、東独製の4人用の寝台コンパートメ
ントからバックパック用の荷物を担いで列車を降り、ゆっくりと周囲を眺めなが
ら駅のインツーリスト事務所へ行った。あまり記憶に残っていないのはその風景
に慣れてしまったのだろうか、インツーリストで少し待っていると、タクシーが
来たと英語で知らせてくれた。

モスクワでは日本語を話すスタッフ(モスクワ国立大学の女子学生で東京に住ん
だ経験があり、NHKのロシア語に出演していたと話してくれた。)がいたが、キ
エフでは英語だった。そして手配されたボルガのタクシー、白が汚れて燻んでい
た記憶だが、キエフの中心に位置するインツーリストホテル(多分)へ向った。ど
こをどうやってどの程度の時間をかけてホテルに辿り着いたのか覚えていないが、
駅を出た時に振り返ったら駅舎全体が見えたのでシャッターを押した。この角度
だと後ろの窓越しだろう、この写真も恐る恐るシャッターを押したことは間違い
ない、なのでシャッターを切ったのは1枚か2枚だけだっただろう

キエフの朝は曇っていたが、その後、晴れた。インツーリストホテルのツアーデ
スクで市内観光バスがあるのというので半日英語ガイドコース(確か6米国ド
ル)に乗った。キエフはマロニエの花が咲きほこり、緑の中に都市があった。

 途中、ソ連構造主義の巨大な彫刻が建っているドニエプル川を見下ろす丘があ
り、眼下にその日の朝、鉄道で渡ってきた鉄橋が見え、その先に白い巨大なア
パート群が見えた。キエフ大学の前も通った。

 疲れていたのでバスに乗ると直ぐにウトウトしてしまった。今思えば聖ソフィ
ア大聖堂ではなかったかと思うが教会に立ち寄った。こんな塔があり説明ではソ
連は宗教を否定しており今は科学博物館として利用している、と表明的な説明だ
った。ここまでで、その奥には行かなかった。そう言えばバスツアーで一緒だっ
たテキサスからの米国人の女性二人連れ、少し話したが、開口一番、ヘイボーイ
だった。当時、言葉がそれほど出来ず、切込めず、残念ながら。

 このバスツアーに行くのに慌てて部屋を出たのでカメラを置いてきてしまい、
ツアー中の写真がない。それで午後から散策に出た時、途中に本屋があったので
キエフの写真集とソ連邦の地図を買った、かなり精緻だった。

キエフの記憶より。
https://1985.iio.org.uk/ussr/kiev.htm

元記事:https://eastriver229.blogspot.com/2023/06/blog-post_28.html

■中目黒駅前の歯科と再開発

2023/6/19、急遽、歯科のため中目黒駅前へ、右奥歯上、舌の触覚で歯と歯の間
だと思っていたが、X線撮影で治療した奥歯の一部に横にヒビが入っていた。こ
れを削って型を取ったわけだが、深いのでこの後ズキズキ痛むようなら根(神経)
の治療が必要になるとの説明で、その判断を翌日までにすることになっていたが、
幸い、直後は鎮痛剤を服用したものの夜には収まり翌日は平常通りになり、その
旨連絡した。詰め物は保険適用の強化プラスチック製とのこと。

この辺り、中目黒というが住居表示の中目黒は駒沢通りより東側、ここは上目黒
となる。再開発で既に風景は一変している。東急東横線と山手通りは変わらない
が拡幅工事が進捗し4車線になろうとしている。目黒川沿いの桜は緑陰を提供し
て気持ちが良い空間を形成、駒沢通りと山手通り交差点角にあった旧富士銀行情
報処理センター、かなりの敷地で消防署裏まで入り込んでいる、は建替え中、長
年お世話になっている歯科は山手通り沿いにあったがみずほ銀行(第一勧業銀行)
や花屋などとともに再開発で建てられたアトラスタワー内に収まっている。目黒
銀座入口左角のビルに、槙文彦設計、富士銀行があったが今はATMだけ。

中目黒駅前の再開発事業は意味があり、バスやタクシー乗り場のスペースが捻出
され、低層高密度な駅前の商業地区に道路を含む空間を供出し防災性が高まると
ともに利便性が向上している。ただGTタワーは風害をそれほど認識していなかっ
たようで対策が施されているものの秋冬は台地上から目黒川沿いの低地へ流れた
風がGTタワーで集約増幅されている印象。

最近、耳にしたここから下流の目黒区民センター一帯の再開発は視点が異なる印
象が否めない。区民センター建替えだけではなく、目黒区美術館、下目黒小学校
を一体的に民活等での再開発は意味があるのか、と映る。

https://www.instagram.com/p/Ct8MVVzycJ_/?utm_source=ig_web_copy_link&igs
hid=MjAxZDBhZDhlNA==


元記事:https://eastriver229.blogspot.com/2023/06/blog-post_20.html

★本文ここまで★

▼前号目次
■大崎駅西口発着の成田シャトル、廃止か?
■新宿住友ビル33Fの平和祈念展示資料館
■■編集後記

■■後記
ブリゴジンの乱はルカシェンコ大統領仲介により収束、目的が乱ではなく訴えだ
ったのだろう。

注)このメールマガジンは備忘録的にという主旨で、その時々の情報や印象を記
録しておこうと2009年2月初頭からのウズベキスタン出張を機に始たもので創刊
はタシケント到着後の2009年月14日でした。

また、以下にもトピックごとに掲載していく予定です。
▼note klubnika report
https://note.com/klubnika

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★CA+C 中央アジア・コーカサス地域研究会(グループ)
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★☆☆メールマガジン「世界街角通信MM」第389号 2023年7月1日
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